冬の間はこの道で物資を運ぶそうだが、逓信さんの荷物は10kg以上って書いてるからそれくらいなら俺でもできるんちゃう?と思って調べたら40kgになることもあるらしい。それで6時間歩くとかは無理だな。
魚津の銭湯に入りにいったついでに、ローカルな菓子店でケーキを買って米騒動発祥の地モニュメント前で食べた。帰りは黒部宇奈月温泉駅から新幹線で帰宅。自由席だったけど座れてよかった。
ALIAS - エイリアス アナログ的な連続階調値をデジタル的な離散値にサンプリングした場合に現れる、もとのデータには含まれていない虚像。 Science : 02/24/1999 Link Free. All rights resigned.
荷物は小屋前に置いて池平山に登る。池平山はコースタイムで往復3時間半かかるので、早めに小屋につかないと登る時間が取れないのだ。昨日剱岳から戻ったあと剣沢に泊まらないで真砂沢ロッジまでプッシュしたのは池平山に登るためだ。
少し登り始めたところで少々年配の女性がロープの外側に座りながら俺に「なぜここにロープがしてあるのかしらね?」と尋ねてきた。俺が知る限り、山に限らず日本中どこでもトラロープがしてあればそれは危険、立入禁止という意味を持つはずだ。そんなことも知らないでいきてきたんだろうか?と多少戸惑った。危ないからだと思いますが…と至極当然のことを伝えると、そういうものかしらね、と納得していたが。しかし池平山への道はとてもザレている部分が多く、はっきりいってとても登りにくい。危ないというわけでもないが石を落としてしまいそうだ。前後の間隔を開けて登る必要がある。いくつか偽ピークに騙されつつ13時10分池平山登頂。透き通るような空気ではないが富山湾までよく見える。14時45分池ノ平小屋戻り。受付をするのだが、池ノ平小屋は予約時に寝袋持参と申請すると500円割引を受けることができる。だからちゃんと申請しておいたのだが、寝袋を忘れたので割引が受けられず。
そしてなんといっても池ノ平小屋の素晴らしいところは、五右衛門があるのだ!池ノ平小屋は元々100年以上前ここにあったモリブデン鉱山の施設を前身としているらしいのだが、五右衛門風呂はその時から使われているものらしい。こんな山奥まで来て、五右衛門風呂に入ることができるなんて最高以外の言葉で表すことができない。ちなみに池ノ平小屋は五右衛門じゃない風呂もあるんだけど、宿泊者が少ない時だとどちらも沸かすことはできないのでむしろ五右衛門風呂に入りたいなら混んでるときのほうが確実っぽい。そして夕食…と思っていたら、受付で到着した人が倒れるという事件が発生。どうやら低体温症らしい。今日も天気は良かったのだが、黒四ダムからここまで丸一日歩いてきて極度に疲労したようだ。俺も経験あるんだけど、めちゃくちゃハードな1日をこなしたあと到着すると突然寒くなってくることがある。あれって動いてる間は筋肉が熱を発してるけど、到着して動きがなくなると熱源がなくなって一気に体温が低下するんだと思う。ということで自分の体力に見合った行程が大切だよね、という自戒。食堂で小屋の名物の氷河ロックを飲んでいると隣のグループ(といっても初対面だったっぽい)がけっこう盛り上がっていて、あとで彼女が小屋は騒がしいからテントの方が気楽かも、と言っていた。消灯後、少しだけ星の撮影にチャレンジ。カメラを夏前に新調したばかりでまだ不慣れなのでこういう機会に少しずつ慣れていかなくては。21時くらいには中に入ったが、あまり眠くならず22時過ぎまでうだうだネットを見ていた。(池ノ平小屋はスターリンクのWi-Fiがあり、夜中もずっとネットに繋がっている)なおこの写真はRAWをChatGPTに投げて画像に含まれないデータは追加せず、あくまで画像の編集としてRAWを現像するように指示したもの。俺が自分で現像するよりうまいからもうこれでいいんじゃね?という感じだな。
適当に朝ごはん食べて4時15分出発。いくつか先行するヘッドライトが剱岳に見える。といっても2、3個。一昨年の夏、剣沢に泊まった時は夜明け前にすでに山頂まで行列のようにライトが続いていて仰天したので、それと比べれば慎ましやかなものだ。
剣沢小屋を過ぎ、少し行ったところで彼女と相談をして彼女は剱岳をやめておいて、俺が単独で登ることにした。彼女は登ることにかけてはむしろ俺よりも強いくらいなのだが、岩場と下りを苦手としているので剱岳とは相性が悪い。それでもゆっくりならいけるんじゃないかなと思っていたが、この辺ですでにけっこうペースが遅く、これで剱岳を往復するというのはリスクが高めと判断した。本来であればパーティーとして俺もやめておくべきではあるのだが、俺も次いつ剱岳にチャレンジする機会があるかわからない。というか今回がラストチャンスの可能性も高い。なのでここはお願いして俺一人で行かせてもらうことにした。
もちろん一般登山道なので鎖も足場もあるのだが、それでも足を鉄棒にかけて鎖を握って全体重を持ち上げなければならない。これアタックザックだからいいけど、テント泊の荷物だったら無理だわ。高度感もめっちゃあるし、ちょっと来たことを後悔している。でもここまで来たからにはここで撤退するわけにはいかない。慎重に…と言いたいがそれだと余計力がいるので南無三!という気持ちで一気に登る。
カニのタテバイを登ったところで先行者が降りてきた。少し話をしたが、山頂は一人きりで写真も撮れなかったよと言っていたので、カニのヨコバイの入り口で写真を撮ってあげた。
カニのタテバイをすぎればもう難所はなく、7時40分に登頂。電波があるので彼女に電話したら、iPhoneの最大倍率でみると人影がわかるということで撮ってもらった。これだけ 登頂しがいのある山に登ったのが久しぶりなのでしばらく感慨に耽っていると後からソロが二人やってきて、それぞれで写真を撮りあった。しかし一人はわりと熟練者っぽかったけどもう一人はかなり初心者っぽさがあり、なんと剱岳の山頂までポール2本を手に持ってきていた。しかもテン泊のようなでかいザックなので、早月尾根から登ってきたのかな?と思ったら「アタックザックないから全部持って剣沢から登ってきた」と。おお、そりゃ 人の勝手だけど、ちょっと怖いな。無事降りてくれ。8時15分、下山開始。下りで使うカニのヨコバイもかなり高度感あって怖かった。でも俺はタテバイのほうが怖かったな。ヨコバイは下りなので進行方向と足元を見る視線が一致するけど、タテバイは上りだから進行方向と足元の視線がバラバラなのが怖い。平蔵の頭というところに小屋跡があった。現存する小屋はトイレ跡だった。避難小屋のあった場所は平で、テント1、2張はできそうだ。というか実は昨晩もこの辺りに明かりっぽいのが見えたので一張りくらいいたのかもしれない。ここからがんばって下山したのだが、思ったより早くならず、剣沢に戻ったのは10時45分。めっちゃ疲れた。テントは彼女が片付けてくれていたので、しばし休憩(寝てるのは彼女)。11時半に剣沢を出発。真砂沢を下っていく。紅葉がとてもきれいだ。一昨年も通った道だが、真砂沢はけっこうロープが多い。登山地図だと一般登山道になっているが、上高地周辺の登山道と比べたら難路にしておいてもいいくらいだと思う。実際この日二人この道で怪我をしてヘリで運ばれていた。真砂沢の渡渉地点。夏は雪渓が残っているので雪渓の上を渡るのだが、この時期になると雪渓が渡るほど残っていないのでどこかで沢を渡る必要がある。それでロープが渡してあるのだが、この岩をどう使って渡ればいいのかとても考えさせられた。一応うまく使えば濡れずに渡れるのだが、思いつかなかったら落ちてしまうというまるでボルダリングのような沢渡りだ。雪渓が見えて綺麗なので少しだけ入っておいた。15時30分真砂沢ロッジに到着。テントの受付をしながらお湯を売ってもらえないか聞いたが売ってないということだった。ということでまた今日も横のテントの方にバーナーを借りてお湯を沸かした。翌日は6時出発予定でそこまで早くないのだが、今日は早朝から剱岳登ってここまで来たのを考えると11時間近く行動している。疲労を少しでも回復させるため19時ごろ就寝した。