Tuesday, February 9, 2016

パンツそのものへ!

俺の趣味というかライフワークは住宅街の階段を巡るというものだ。月に数日は階段を巡っている。だけどそのときに気をつけることとして「文字情報を読まない」ようにするというものがある。

文字で得られる情報は有用だ。必要なことが文字に落とし込まれているから得られる情報量は多い。だけどそれは文字に「現像されてしまった世界」だとも言える。

例えば電車に乗ってる時ふと何か言葉が思い浮かんで、振り返ると車内広告の中にその文字を見つけたことはないだろうか。電車に乗った時意識せず視界の端にあった文字が意識に入り込む。それほどまでに文字は強力で、世界を規定してくる。文字がなければ現代社会は一瞬も存続できない。

しかし俺は人間の生(life)を見たくて住宅街を歩いているのだから、なるべく生(raw)の世界に触れたい。「字を捨てよ町へ出よう」といったところだ。

もちろんそれでも文字から完全に離れることはできない。文字から完全に離れたいなら北アルプスにでも行ったほうがいいだろう。文字情報の溢れる現代日本の住宅街を歩いているのだから、それは不可能だ。

だから落ちていたチラシに 赤いパンツ とか 赤い下着 と書かれているとつい目に入ってしまうというのは現代人として仕方がないことである。不可避的、イネビタブルな現象。

我々は文字に踊らされている。赤いパンツという文字がいったいなんだというのか。赤いパンツは赤いパンツではない。俺が求めるのは赤いパンツという文字情報ではなくギャルの履いた赤いパンツという実存である。超越論的赤いパンツを求め、俺は今日も階段を巡っている。

Zu den roten Höschen selbst!(赤パンそのものへ!)