Sunday, October 19, 2014

2014-10-07 北アルプス黒部峡谷縦走 秘湯めぐり7日間1日目 上高地〜ババ平 あるいは芥川龍之介の追憶

槍ヶ岳に登ってきたよ!(今年4回目) 10月の槍ヶ岳なんてもう雪が降ってもおかしくない季節(というか本当に初冠雪の後で雪が残ってた)、凍死するんじゃないかと恐れていましたがなんとか生還しました。

元々何年か前から黒部峡谷を歩きたかったんですが、一昨年去年は悪天候で行けなかった。今年こそと思ってたんだけど今年は縦走をしまくったせいで2泊程度の山歩きでは満足できない病気にかかってしまい…w いっそ上高地から入山して一週間かけて歩いてしまえ!という馬鹿なことを思いついてしまった。我ながらあほなことを思いつく。まあ結論から言えばほぼ成功したし今思えば楽しかったけど、やはりそれなりにつらいときもありました。特に4日目。そんな日々の記録を書いていきたいと思います。

10月7日7時、名古屋駅から松本行きの高速バスに乗車する。平日なのでバスはガラガラ。登山客らしき姿は3人ほど。松本バスターミナルで降車すると慌ててATMでお金をおろしてコンビニでご飯を2食分買って15分後の上高地線に飛び乗る。上高地にATMはない。また上高地線は発車ベルを一切鳴らさないので、慣れていないと「あ、まだちょっと時間あるんだ…」と思ってホームを歩いていると目の前でいきなり扉を閉められるので注意が必要である。

新島々で前にいた二人が槍ヶ岳について話していた。どうやら二人は特に知り合いではなく若い男性が初上高地らしいのだが、槍ヶ岳に登ろうと思うのだろうが大丈夫だろうか…と初老の男性に聞いていたのだ。よくよく聞いてみると一泊二日だというのだ。昼すぎに上高地入りして一泊二日で槍に登るのは無理だよ!「登れなくても槍が見られれば」と言っていたけど、槍沢ルートで槍が見られるところまで、となると槍沢ロッヂからである。しかし槍沢ロッヂから見える槍は林の合間から僅かに見えるだけで、むしろガッカリポイントの一つだろう。今日は横尾で泊まり明日蝶ヶ岳に登って最高の景色を味わって上高地に下山したほうが満足度は絶対に高い、とアドバイスをしておいた。速度的に一緒に横尾までいくことはできないのであとの話は初老の男性のほうに任せてきた。

新島々の売店には前回話をした人妻の美人のお姉さんはいなかった。今回の登山で最も悔やまれたことである。
槍沢ロッヂ裏から見える小さな槍ヶ岳
上高地バスターミナルから徒歩5分ほどで河童橋に差し掛かる。ここで今回の目的の一つである河童のかぶりもので梓川を泳ぐことにチャレンジ。見てたひとに「冷たくないんですか?」と聞かれたけど、まあ山で泳ぐことに慣れてくると河童橋あたりは冷たさがちょっと緩んでるのでわりと平気です。

だけどなぜそこまでして…と思われる方もいらっしゃるかもしれない。しかしこれは単なるパフォーマンスではないのだ。河童、といえば芥川龍之介の「河童」が有名だよね。精神病院の患者が穂高を登るため上高地に行き、そこで河童に出会い河童の国に迷い込む短編小説です。自分は芥川龍之介が好きなんだけど、実は芥川龍之介は一高時代に槍ヶ岳に登っています。そしてそのときの思い出を形を変えて3回発表している。このことから、芥川龍之介が若き日に登った槍ヶ岳に強く影響を受けていたことは間違いないだろう。では俺も河童になれば、芥川龍之介の気持ちがわかるのではないだろうか。これはやってみるしかない。

徳本峠からみる穂高連峰
なおこの前は上高地から島々まで徳本(とくごう)峠を越えて歩いたが、上高地に道路が繋がるまではこの徳本峠だけが上高地にアクセスするルートだったのである。それまでは皆徳本峠を越えて上高地に入り、それから槍・穂高に登っていたのだ。もちろん芥川龍之介もそうやって上高地に行っていた。これもまた芥川龍之介の足跡を辿る道であったわけだ。

このようにして俺はあくまで文学的な探究心から河童になったのであり、とある山女子に河童の写真を送ったら「ばかすぎる!!」と言われたのは不当な評価であると言わざるを得ません。

このように知性あふれる遊びをしていたら河童橋を出るのが13時半になった。今日は横尾泊でもいいんだけどできれば今日中にババ平まで行きたいので横尾までは半分小走りで向かった。普通なら縦走の荷物を背負って山道を走るのは無茶であるが上高地から横尾まではほぼ平坦なのでいける。いつも帰りは明神から上高地まで3km走ってるしね。

おかげでババ平に17時についた。上高地からババ平の標準タイムは5時間ちょっとなので、なかなかいいペースだ。初日なので超元気。空もまだ明るかったし。暗くなってからトイレにいくと外で座ってビールを飲んでいる方がいたので、自分も一緒になってウィスキーを飲み、同世代ということもあり話が弾んだ。なかなか楽しく幸先の良い初日であった。