Saturday, November 10, 2012

大井川を徒渡ししてみた。


江戸時代大井川には橋がかけられていなかったため水に入って渡るしかありませんでした。橋がなかった理由には諸説あり江戸の防衛上の理由もよく挙げられますが、自分が調べた限りでは単純に川幅が広く水量の多い大井川で橋を架ける技術力と維持する経済力が不足していた、ということにあるように思います。渡しの寡占化による技術革新の停滞が原因という一面もあったようですが。

しかし「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」と謳われた大井川、現在はどうなっているのでしょうか。

というわけで実際に渡ってきました


朝8時45分の電車で熱海に向かい、熱海で島田行きに乗り換え島田に12時半着。島田駅はこざっぱりとした駅ですが荒涼感が地方都市であることを思わせます。さしあたって駅前ですることもないのでさっそく地図でスーパーを探しながら駅前を通り抜けます。なんか塾とか予備校が多い。意外と子供が多いのでしょうか。島田に子供が多いので島田市で子作りすることを島出しと呼ぼうとかくだらないことを言ってるひとがいました。俺とか。スーパーでいろいろ買い物をしたんだけど、ここで想定より多めに買い込んでおいてよかった。ここでの買い物が夜の生死を分けました。


島田駅から大井川は意外と遠い。1時間とは言わないけど川が見えるまでたっぷり30分は歩き、さらに橋を渡りきるのに15分くらいかかった。渡りきったところで河原に降りて着替えます。自分の水着も持ってきたんだけど、友人の用意したものが使い捨てだったのでそれを使わせてもらった。


晴れてるとはいえ11月、水温は冷たい。どうしようかなー、やっぱこんなことやろうとか言わなければよかったなー、と葛藤中です。


ぬおりゃああああああああ


渡った!大井川渡ったよ!


渡った以上戻ってこないといけないのでまた泳いで戻ってきます。行きは一応足をつけて渡れたのですが、戻るところはけっこうな深みで足がつかず完全に泳ぎでした。江戸時代の料金体系では腰48文、胸70文、脇100文と深さで料金が変わったそうですが、それでいうと完全に100文レベルです。

Wikipediaの大井川の項目を見ると詳しいですが、大井川は治水及び発電のためにダムが多くあり、その取水のため江戸時代と比べるとかなり水量が減っているそうです。水量が増えても川幅が広ければ深くなるわけではないですが、それでも腰や胸まで水に浸かり、流れの中を歩くのはかなり大変でした。川をまっすぐ横切るなんてまず不可能。これがもっと何倍もの距離があったらと思うとやはり大井川の徒渡しは非常に大変なものであったと想像できます。

それはともかく河原で焼肉をしました。適当にステーキ肉やカルビを焼いただけなんだけどめちゃくちゃ美味しかった。こんなに美味しい焼肉はなかなかありません。個人的にはときおり大井川の徒渡しを渡し遺構近くで行って島田市の公認イベントにしたいですw 美味しい焼肉が食べたいひとはぜひ一緒に徒渡ししましょう。今度はちゃんと荷物を運びたいですね。

(夜の奥大井湖上駅編に続く)