Thursday, April 21, 2011

個の最大利益

政府が食物の基準値を変更したり東電の作業員の被爆限度量を上下させることからわかるように、政府というのは事実だけを言ったり正論だけで動くものではなく社会の安定化を図る機構なので、言ってることをそのまま信じるのではなくそこから何を言おうとしているのかという読解力が必要になります。週刊誌なんかで書かれてるのは単に政府や東電が言ってることを否定してるだけで、なんの読解力もない。

リスクというのは消すことができないので人が生きてる以上災害で死ぬ可能性はいつでもあるし、これからも地震で数万人が死ぬことはあるだろうねーと思う。でも原発があると、例えば隕石が落ちてきたり直下型の噴火が起きたりして原発から放射能が大量に放出される可能性はゼロではないわけです。そんなことはほぼありえないと言っても、ありえないことが起きたときにひとは「予想外だった」と言うので、予想外のことが起きたときにどうすんの?ということを考えなくちゃいけないのです。

で、予想外のことが起きたときに数万人どころじゃない人間が危険にさらされるならどうしたらいいかって言ったら最初から原発がなければいいわけです。これはけっこう明白なことなので、あとは全員で「どうしたら原発の代替を作ることができるのか」という議論にいくべきなんだけど、きっとこれからも「原発はなくすべきなのかどうか」という前段階の議論から次に進めないゲーム論的均衡状況が続くのだと思います。

まあ原発だけじゃなくて、原爆だって似たようなもんなんだけどねー。あればそのうち使って核戦争になるので、なくすのが唯一の解決方法なのは誰でもわかっている。だけど実際原爆はなくならない。人間と人間社会は個の利益を追求することが全体の利益に結びつくような方式で進化してきたので、個の最大利益を放棄して全体の利益を追求しなくちゃいけないような状況というのが苦手なんだよね。人類はそのうちそれが原因で絶滅するんだろうなーと思うけど、そういう風に進化してきた生物なので仕方ないかな、とも思う。