Wednesday, August 8, 2007

No title

新宿でミルクレープを食べてきました。土日忙しくてタルトも食べてなかったので嬉しい。しかもおごってもらっちゃった。わーい。

ボクがブログにオナニーして精液を自分に顔射してるとか書くからボクが変態だと思っている人がいます。いや、変態だと認めるにやぶさかではないんだけど、ボクはこれでけっこう秘密主義なんです。だから、みんなが隠してるのと同じかそれ以上の割合でブログには書いてないことをしています。ブログにかけるのなんてほんのちょっとです。でも精液はいっぱいかけたいです。

疑似科学批判の本やブログを読んでいると、「書いてあることを疑うことが必要だ」みたいなことがよく書いてある。実際その通りだと思うけど、前からボクが思っているのは、人の知識とはたいてい疑わないことで得られるものだし、人間は基本的に疑わないようにできているということだ。

教科書に書いてあることをいちいち全部疑う人はいないだろう。歴史問題ならともかく、塩分の飽和濃度がどれくらいかとかを、疑ってかかる生徒はいない。実験だって、確認するための実験であって本当に疑って行うわけじゃない。雑誌に載ってる新製品の発売日を疑うだろうか? ボクたちの知識はほとんとが疑わないで得たものだ。疑った結果得られたと思えるものでも、たいていは幾つかの選択肢の中から選び出したもので、相対的な正しさを得たに過ぎない。さらにボクらは人が言ったことはたいてい信じている。今日10時に起きた、と言われてわざわざ疑うようなことはしない。逆にあからさまな嘘でもけっこう信じてしまう。

なぜそのような傾向を持つのかといえば、人間は確率の計算が苦手だからだと思っている。例えば嘘である確率が1%の話を聞いたときでも、人間は「真実であるか嘘であるか(=50%)」に引っ張られて、10%くらいに見積もってしまう。人間が確率の計算が苦手なのは、宝くじの売り上げを考えればすぐわかるだろう。実際の当選確率に、「当たるか当たらないか(=50%)」が影響を与えた結果人は宝くじを買ってしまう。

かといって人間は精巧な計算機ではないからいつでも確率を正しく求められるわけじゃないから、必要なのは人間は言われたことを鵜呑みにする癖があるということを認識することではないでしょうか。

今日はずいぶん熱帯夜だね。扇風機の風がじっとりしてる…。