Tuesday, July 17, 2007

No title

初めてペンタブレット買ってみました。同じWACOMのFAVOシリーズにほぼ同等の値段のものがあったんだけど、全体的な性能はほとんど変わらないもののFAVOはおまけのソフトが充実、Bambooは軽い、という違いがある。FAVOについてくるソフトはもともとMacのボクには使えないものばっかりだし、なにより軽くて薄くて持ち歩き用のケースまで付いてくるほどモバイルを意識したBambooの勝ち。

というわけで絵心のまったくないボクがなぜペンタブレットなど買ったのかというと、マウスのかわりとしてどの程度使えるのか実験してみたかったんです。ほら、マウスってキーボードから一度手を離さないといけないじゃないですか。ペンタブなら、そのまま持ったまま入力できるかなーと思って。

結論から言うと、直感的ではあるが腕が疲れる、です。お絵描き用の絶対座標モードではなくマウスモードに設定すればほぼ問題なくマウスとして使えるし、ペンという形が与えてくれる感覚的な操作はとても優れている。ちゃんとスクロールとかも設定できるし。しかしこれは思っても見なかったことだけど、マウスはいつも接地してるからあんなに正確にポインティングできて、ずっと使ってても腕が疲れることがないんです。先に疲れるのはたいてい目かキーボード入力の指であって、マウス使ってる腕が痛くなることはない。でもペンタブだと、接地するともうクリック&ドラッグ状態になるからポインティングはリフトした状態で行う必要があります。これがけっこう微妙な操作を要求される。例えばリフティングしたまま一つの場所を指し続けようとするとポインタがプルプル震えているのがわかる。鉛筆では気がつかないけど、人間の手は空中でぴったり静止できるようにできていないのです。そのような微妙な震えがある状態からファイル選択のため接地させようとすると、押し間違えることが頻発してしまう。それに注意してるとどうしても腕が疲れちゃうんだよねー。ボクが左利きなのに右手に持って使ってるってせいもあるかもしれないけど、けっこう誰にも起きることだと思うな。

ところで米ロジテックが空中で操作できるマウスを発売したけど、微妙な揺れには反応しないアルゴリズムを搭載しているとはいえ上記の理由からどうかなーと思っている。空中での操作は非常に直感的ではあるけれど、Wiiのリモコンをずっと振り回し続けるみたいにゲームをしたいのならともかく、普段の用法としては実用的ではないかもしれない。「直感的であることは必ずしも実用的ではない」ということに気がつけたのがこの実験の最大の収穫だった。

しかしそういうネガティヴな面を除けば、パッドの上部にある光る4つのボタンに様々な機能を割り当てられたりペンタブ自体のボタンの操作も変えられたりして非常に楽しくて便利なところも多いものです。ボクはCurioというMac OS X用のブレインストーミングソフトを使ってるんだけど、ブレストソフトは文字入力とともにさっと図が入れられるととても使いやすくなるので、ブレストを使う人にはすんげーお薦めです。特にVistaからはタブレットからの入力が標準対応してるから(Home Basic除く)、Vistaの人は要チェックです。9000円弱でこの使い心地ならお買い得だと俺は思う。


初お絵描きw


こんな贅沢はいやだ。

猫よけに開けてないミネラルウォーター。

バイト中に「正常に動作することを確認しました」と入力したら、「正常位動作することを確認しました」になってた。

土曜日は3回もオナニーしてしまった。しかもボクが複数回オナニーするときはたいてい午前夕方夜とか間隔をあけてすることがほとんどなんだけど、今回は3回とも夜にした。回数が増えたぶん一回の射精量は減るわけだし正確なことはわからないけど、ボクは他の男より2倍か3倍くらい精液を作って生きてるんじゃないだろうか。


金曜に渋谷のアップルストアに修理の終わったMacBookを取りにいったとき、データの移行についていくつか質問したんだけど、ちょっと心もとない人だったなー。iTunesで別ライブラリ作ってそのライブラリのデータを編集し、その後でライブラリを統合できるか、という質問をしようとしたらライブラリは複数作れません、どうしても作るなら別アカウントを作ることですねと言われてしまった。おーいiTunesはoption押しながら起動すればライブラリの選択画面でるだろうがー。誰でも知ってるとは言わないがそんなにマニアックな機能でもないし。しかも帰った後実験してみたら、ライブラリの統合もできるっぽい(実際にはデータに部分的欠損があってライブラリをわける意味もなくなったのでやらなかったけど)。

バックアップの復帰方法もルートユーザになって移行するってことで説明を受けたんだけど、帰ってから実際にやる前に一度下調べしたら何ヶ所かクリティカルに間違ってる場所があった。あのまま言われた通りにやってたら設定の引き継ぎに失敗するところだったよ…。売り文句なら相手が素人だからって煙に巻くような言い方しても実害は少ないけど、サポートでそういうのはやめてほしいなあ。ボクもサポートの仕事してる身として我が振りを直さなくては。煙に巻くのでなく、かつわかりにくすぎない説明を心がけたいものです。


ボクは基本的に音楽は好きでも音楽を作ってる人間はまったく興味がないと思ってた。例えば今人気があるELLEGARDENの曲はたいてい聴いてるし、カラオケで歌う曲も何曲もある。ボクの使ってるSMS(ソーシャルミュージックサービス)見てみると、この1年でボクが聴いてきた音楽の中でELLEGARDENが最も再生回数が多い。ところがボクはELLEGARDENのメンバの名前どころか、何人でやってるバンドなのかも知りません。解散してるのか活動中なのかさえどうでもいいんです。ボクにとって必要なのは音楽であってそれ以外は不要なのです。だからメディアとしてのCDも要らないからレンタルで済ませるし、中古CD買っても取り込んだらその場でゴミ箱に捨てちゃいます(もっかい売ろうとすると、持ってく手間がばからしいくらいの値段にしかならないし)。

ところがフォークソングや昭和歌謡曲だと、アーティスト調べて曲のバックグラウンドも知りたくなっちゃうんだよね。誰と誰がどういう関係にあるかとかWikipediaで調べてると面白くて時間が経つのを忘れてしまう。これはボクにとって実はフォークソングが最も合う音楽だったということなんだろうか?

前にも書いたけど三上寛の「夢は夜ひらく」がほんとうにヤバい。歌ってるとマジで泣きそうになる。他者の魂を直接見ることはできないから、三上寛が本当にこの曲に魂を込めたかどうかはわからない。しかしこの曲を聴くことでボクの魂が揺さぶられるということは、この曲の中にボクの魂が入っているとは言えるだろう。

しかしそんなことを言いつつ、パソコンを修理に出してた先週一週間はほとんど音楽を聴きませんでした。なぜなら、iTunesとiPodを接続できないといくら聴いてもSMSに再生情報を送信できないからです。ボクはmixiミュージック、Last.fm、iLikeと3種類のSMSを使っています。mySpaceもちょこっと。ボクはこういうデータ管理にかなり編集偏執狂的なところがあって、データが残らないと聴いても意味がないような気がしてしまうんです。

だけどこれは音楽に限らずボクの思考全般に当てはまってるだろう。ボクと付き合いのある人間はボクがどこでもカメラを持ち歩き、なんでも撮っておく癖があるのを知っていると思う。また、ボクと付き合ったことのある女性はボクが異常に過去の思い出に拘る性格なのを知っていると思う。つまりボクはただ思い出が大切なのではなく、何よりも記録を重視しているのです。鬼束ちひろ的にいうと、
記録が残らない私なら 無いのと同じだから
という感じ。

今まで街中で思いついたことは携帯にメモするかGmailに自分宛にメイルしてたんだけど、この前買ったPHSにはICレコーダが付いてるのでそれに吹き込んでしまうことも多くなってきた。携帯にチマチマ打つよりも吹き込んだほうが速いもんね。間違っても携帯に向かってオナルニアコク物語と言ってるところは見られたくないですが。

すべてをデータに残したいという夢はボクが小さい頃から抱いてきたものでもある。今までの移動経路のすべてが残ってたらなあと小学生の頃よく妄想してました。つまり生まれたときからGPSで移動記録を録り続け、死ぬまでの総距離は何キロとか、あなたとは10年前に大阪の喫茶店で隣り合わせになったことがありますね、という情報が取り出せる世界がボクの理想です。他にも生まれてから何を何回食べたのかとか、何回オナニーしたのかとか記録に残ってる世界に生まれたかった。

全てを記録に残すってのは多少グロテスクな思想でもあるので実現することはないだろうけど、あらゆる情報にどこからでもいつでもアクセスできるようになるユビキタス社会はけっこう目前に迫っている。大学生は紙の辞書から電子辞書に移行してる、などと思っているのはもう時代遅れになりつつあり、携帯電話などからアクセスする総合学習支援データベースを使う大学生が多くなっている。ボクはUSBメモリ、スマートメディア、SDカード(mini、macroも)、メモリースティック、CD-R、DVD-R、DVD-RAMをいつでも持ち歩いてるけど、こういう考え方もすぐに廃れていくだろう。情報は持ち歩くものではなく必要なときにアクセスするものなのだ。(まあボクもメディアは持ち歩いてるだけで、データを移行する必要に迫られたときのためなんだけど)

あー。ここまで書いたところでデータと情報の定義を無視してることに気がついた。データは容れ物で、情報は中身。だからデータはあるけど情報はない、ということはありえる。逆はない。でもデータが無価値なのかどうかはすぐわからないことも多いのでとりあえず取っておくのが安全策。ただこの安全策を延々と続けると情報が薄くなり続けます。そしてそれこそが「エントロピーの増大」です。エントロピーの増大を防ぐには適度なところでやはりデータから無駄な部分を削らなくてはならない。

ではどこを削ればいいのか。そこで使えるのがリファレンスかなあとボクは思ってます。一時期流行った片づけ術の一つに「書類は分類せずにフォルダに入れ、使ったものは先頭に持ってきて、一番後ろに来たものを廃棄する」というものがありました。これは見事にリファレンスの概念を表している。まず分類しないという発想は、パソコンで言うとフォルダ分けしないという考え方に対応する。フォルダ分けしてしまうとその分け方に従ってしかファイルを見つけられないけど、タグ付けしておけばどこからでもすぐ見つけ出すことができる(現実のファイルにはタグ付けできないけど)。さらにフォルダ分けの手間から解放される。Appleの純正ソフトはこの思想で作られていますね。(タグ付けが面倒だろ、と思う人はそれはそれで正しいと思う。ボクは半々で使ってる)

使ったものは先頭に来る、ということはいつも見られるものはいつも先頭近くにいるわけだ。これは文献の参照回数に近い。ある論文の参照回数が高ければ、それだけその論文は重要だと考えられる。もちろん参照回数が低くても大事なものもあるかもしれません。同様に捨ててしまったファイルの中にあとで必要になるものもあるかもしれない。だけど、そのために全ての論文を参照しようとかファイルを保存し続けようとすることはエントロピーを増やすことになり、つまりは生産性の低下を招くのです。

エロ動画の場合、保存してあるものの中からおかずに使うものを探すとき最も前に見たものから見ると新鮮さが味わえるので、必ずしも万能な概念ではないですけどね。このフレッシュネスをどう定義し、扱うかがこれからの情報理論に必要になってくると予想してます。

ところで自分のオナニーして射精するところの動画が録ってあるんですが、これはどう扱うべきでしょうか。