Friday, July 27, 2007

No title

今まで使ってたシャンプーがなくなったのでドンキホーテに行って、安かったのでLuxのSuper Damagedの詰め替え用を買った。ボトルと中身は本当は揃えたいところだけど、けっこう値段が違うから、まあえっかと思って。で、帰ってきて詰め替えようと思ったら、最初っからLux Super Damagedであることに気がついた。ずっとアジエンス使ってると思い込んでた…。人間の先入観とは恐ろしいものですね。

しかし昨日今日とすっかり夏的に晴れて、暑かったね。昨日は飲み会で今日は朝はよから勉強しないといけなかったのでお風呂に入ってるひまがなく、現在我ながらとても汗臭い。でもボクは汗臭さってあまり嫌いじゃないです。特に女性の汗臭さはかなり萌えポイント。汗をよくかいたあとの脇の匂いはたまらん。だからセックスはシャワーの前が好きです。だいたいセックスすると汗かくから、セックスの後のほうが合理的だと思います。

しかしどんだけ暑くてもカフェではついホットコーヒーを頼んでしまう。アイスコーヒーってコーヒーじゃないと思う。コーヒーじゃなかったらどうなんだ、と言われても答えようがないんだけど。別にコーヒーにこだわってるわけじゃないけどさ、他に飲みたいものがないんだよね。紅茶はタルトかケーキ食べてるときしか飲みたくないし。多分居酒屋に行ったとき「とりあえずビール」と言ってしまう人と同じ気持ちだと思います。


ブログ書くときって直接ウェブのボックスに書いてますか? 間違ってタブを消してしまったり、ブラウザがシャットダウンしたりするとけっこうな長文を書いているときは悲しい気持ちになります。JUGEMは下書きモードがあるから途中でセーブできるけど、それにしても何回もセーブするのは面倒だ。だからワープロやエディタ使ってる人もいるんじゃないかと思います。

じゃあボクはどうなのかと言うと、結局ボックスに直接書いてるんですね。たいして大きな理由はないんだけど、エディタ使ってるとブログに書く文章って気持ちが薄くなってしまうんだよね。どちらかというと本当に日記を書くような感じになる。ボクの文章は特定の読者を想定したものではないけどブログという手段を使っている以上当然読者が多少はいることを知っている。だからボクの書いているものはパブリックであることを前提にしている。でもエディタを使うとローカルに保存される本当に誰にも読まれない文章を書いている気持ちになって、メモ書きと変わらないものになる。

ソフトウェアを変えることで態度が変わるってのはあまり合理的なことではないけど、変わってしまうのだから仕方がない。多分ブラウザ上でGoogle Docs使っててもそれは一緒だろう。多分ブログに直接書いているときは、クリック一つで配信されるってことで直前にいることが影響しているんだろうね。人間の行動はけっこうステップ数に影響されるから。例えば辞書を引くって行為は1.手に取る2.箱から出す3.調べると3ステップあって、人間は3ステップあると面倒だと感じ始める(ちなみにかなり嘘っぽい話だと我ながら思うw)。そこで箱を捨てることでステップ数を減らして辞書を手に取りやすくすると引くことが苦ではなくなる。今の電子辞書は開いた時点で電源が入る親切仕様で素晴らしいですね。


音楽室や教室の天井の穴の数を数えたことありますか? あるという人がけっこういるんじゃないかと思う。だいたいブロックになってるから、一枚の穴の数×欠けてないブロック数で大半をだして、あとはこつこつ数えたのを足していく。ボクもこういうのけっこう好きだったんだけど、今となっては一教室も覚えてない。こういうの覚えてる人間が数学者になるんだろうなあ。ボクは小さい頃から理屈を考えるのは好きだけど実際計算してみるのは大の苦手だった。さらに数字自体に執着がまったくなく、どうにも数値を覚えられない。


この頃人気のある漫才コンビとろサーモンのネタをYouTubeでいくつか見てみた。けっこう面白いけど、漫才よりコントのほうがつまらないという珍しいコンビだね。たいてい両方をやるコンビってコントのほうが面白いんだけど(チュートリアルは両方面白い)。ただ、とろサーモンの代名詞ともいえる「すかし漫才」はちょっとだめだな。面白いんだけど、なんかもきゅもきゅした気分になる。

チュートリアルがゲストの番組に徳井の妹が出演してて、彼女の話す徳井の話がムチャクチャ面白かった。ヘタな漫才より徳井の実態の話のほうが百倍おもろい。いやー徳井って本当にぶっ飛んだ変態だよなあ。しかも妹にその話をされてるとき、まったく動じないのではなくむしろ恥ずかしさでもだえてるのがまた面白い。マジで徳井はボクの中で最高の芸人だと思う。個人的に友達になるなら福ちゃんのほうが気が合いそうだけど。

すべらない話に徳井が出演したとき微妙に滑ってたけど、すべらない話はネタもだけど話術がものをいう番組だからね。徳井が話術ヘタなわけじゃないけど(あれ、でも話術王のときもずいぶん滑ってた気もする)、徳井のネタの面白さは話術とは違うほうから効いてくるし、徳井の実態の面白さは人が話すほうが面白いんだろう。

ボクは自分が変態であることはまあ認めるけど、自分的変態偏差値65説を唱えています。変態の評価は正規曲線に似たものになるのではないかと思うのですが、そこでボクのランクは偏差値に変換すると65くらいなのではないかと(当然統計的根拠はゼロですが)。ボクくらいの変態はそこそこいて、上には上がいるけど逆にボクくらいの変態が最も分かりやすいレベルだと思います。オナニーして自分に顔射するとか中出ししたあとまんこから精液吸い出してそれを口渡しで飲ませるとか、どっからどうみても変態だというわかりやすい変態です。

しかしボクらへん以上の上級変態は哲学的になってきて、え、それって変態なの?という感じになってきます。例えば徳井は(確か)「田舎の野菜を持っているADのお尻ががテレビに映ったときオナニーしようとした」らしいですが、ここで徳井のポイントになってるのはむしろ「お尻」よりも「野菜を持っている」なんですよね。ボクも理解できるようなできないような感じなんですが、本当に変態を極めると向こう側の人間になってしまうということだと思います。ついでにとんちんかんの抜作先生はお花畑の絵を見て興奮しますが、そういうのが変態中の変態ですね。

ところで以前みたチュートリアルゲストの番組で漬物ネタを考えてるって言ってたんだけど、まだそのネタ発表されてないな。お蔵入りになったんだろうか。それともボクが見てないだけだろうか。

漫才の中で一つボクには苦手なネタがあって、同じことを繰り返すいわゆる「かぶせ」がダメなんだよね。どうしても白けてしまう。でもチュートリアルはけっこうかぶせを多用するんだな。あれがなければもっと面白いんだけどなあ(素人にそんなこと言われたくないか)。でもチュートリアルはまだいいほうで、ビッキーズがかなりひどいかぶせをするコンビだと思う。見てても客席がもう静まり返るまでかぶせる。せめて愛想笑いしてるところでやめといたら、と思ってしまいます。かぶせは2回まで。これ吉本ルールにしたらどうでっか。


ボクは(つい最近書いたように)セックスに関してかなり保守的な立場です。セックスは愛だから楽しい。愛のないセックスはセックスではない。正直若い頃は(ああ、若い頃という表現がだんだん似合うようになってきてしまったな)まったく愛のないセックスをしたことも多少はあるけれど、基本的にボクはセックスをしてる時点でもう相手が好きになっている。セックスは愛だし、愛はセックスだというのがボクの基本スタンスです。

必ずしもだからというわけじゃないけど世の中にあるたいていの性教育の本がとても嫌いです。何が嫌いかというと、避妊のことは一生懸命書いてあるのに、子供を産むこと、育てることの素晴らしさはまったく書いてない。ボクは子供がいないので本当のところはわからないけど、どうして子供を産むことはそこまで忌避されなくてはいけないんでしょうか。避妊すればセックスしてもいいって考え方はどうもボクには受け入れ難いんですよね。否定したいわけではなく、個人的な感情として嫌いなだけなんだけど。

むしろやっぱ子供ができたときに育てるということを受け止められない人間がセックスをしたり、親がどんだけ若かろうと子供を産むということを受け入れる社会になっていないのが問題なんじゃないかと思う。少なくとも子供ができたときに中絶を考えるような人間はセックスをするべきじゃない。それは避妊どうこうの前の話だ。

ボクたちはただ生きることはできない。必ず「何か/誰かのために」生きている。それにはいろいろなものがあるけれど、例えどんな状況であっても、子供というのはその「誰か」だ。できた子供を中絶するということは子供の命だけでなく、自らも生きるということを放棄することに等しい。守るものができたときにそれを守らずしてそれを生と呼べるだろうか。


シルバーアクセサリを磨くのに苦労してたんだけど、アルミ鍋にアルミホイル敷いて重曹を数杯入れて熱湯かけて一晩置いておいたら磨きにくいところまでぴかぴかになったよ。この前のあの苦労はなんだったんだ、それにしても相変わらず重曹は使い勝手が広い。ボクの部屋では重曹とミョウバンが大活躍です。出かける前にミョウバン水で体拭いておくと体臭予防になるし、デオドラントより効くと思う。自分の汗の匂い嫌いじゃないといったけど、ほら、いつどこで超美人なギャルとセックスすることになるかわからないじゃない。いつでもそういうところに気を遣っておくのがいい男への道ですよね。トランクスが100円ショップのものばかりだけど