Monday, February 19, 2007

バレンタイン

先週は伊勢丹にあやかと一緒にチョコを買いに行って、あやかにデメルのチョコレートを買ってあげました。ボクは甘いものはけっこう好きだけど、チョコ単体ってのはそこまでじゃないからそれならむしろチョコが好きなあやかにあげるほうが合理的なのです。かわりに今度ショートケーキを食べさせてもらおう。

MacPeopleにMacのGUI(グラフィカル・ユーザ・インタフェイス)についての小冊子がついてきました。MacPeopleなんてぬるい雑誌でどれだけ読む人がいるのか疑問ですが(俺が一番ぬるい読者だってのはおいといて)、なかなか興味深い小論でした。しかしこの記事にも書かれていたけど、MacのGUIってのはよく「直感的」と言われます。そしてそのことから初めて触れる人にもわかりやすい、と続くことがおおいんだけど、思うにその論調がどうも「初心者至上主義」なところもあるように思うんだよね。パソコンにしろ、テレビ、ラジオ、電話などの技術はどれも自然界では起こりえない現象を扱う機器で、その意味ではどれも非直感的な機械だ。だから「このGUIは直感的だ」と言ってるとき、実は「この操作は他の機械操作から推測できる」であることがおおい。そのこと自体は否定するわけではないけど、ただそういう使い慣れた旧来のGUIに固執することで、その先にある新しいGUIへの到達を妨げてる気がしなくもないなあと思います。

ところでiPhoneのユーザ・インタフェイスにはマルチタッチUIが採用されましたね。それはすごいと思うんだけど、正直言ってなんでこの技術の発展はこんなに遅いんだろう、と素人目には思います。2000年のころには、2005年には全ての指をタブレット型UI上で動かして操作できるように、2010年にはそれを3次元的に実現する時代が来るのではないかと予想していたのですが、ずいぶん外れてしまいました。ほんとうは2010年に全方向視界型ヘッドセットディスプレイでパソコンができるとも思ってたんだけど、これも当分お預けになりそう。うう、30代のうちには体験したい…

さらば学校英語 実践翻訳の技術
さらば学校英語 実践翻訳の技術
別宮 貞徳 ☆☆
うーん、翻訳技術の本としては悪くないと思うんだけど、翻訳「理論」的な観点から言えばかなりテキトーなこといってて、どうしても理論系なボクとしては受け付けない感があります。日本語をもっと磨けとか最近のテレビは言葉遣いが適当だとかあれこれ文句をつける割には
The bridge is built wide so that four cars can run side by side.
という英文は、
その橋は自動車が4台並んで走れるように広く作ってある。
でも、
その橋は広く作ってあって、車が4台並んで走れる。
でもかまわないでしょう。おんなじことですよ。
などと書いている。これで日本語に敏感なつもりなのでしたらずいぶんお粗末です。当然ですが前の訳は目標であり、後の訳は事実です。だから
「その橋は自動車が4台並んで走れるように広く作ってあるが、3台が限界ではないか」
はOKでも、
「その橋は広く作ってあって、車が4台並んで走れるが、3台が限界ではないか」
はちょっと変でしょう。実際「走れる」って言ってるんだから。英語のso thatをどちらに訳すかは場合をよく考えなくちゃいけないわけで、これを「おんなじことですよ」と言ってしまうのはかなり乱暴だ。

ほんと、全体として技術本として悪くはないと思うんだけど、理屈として通らないところが多いのがちょっと気になった。

なんかいじってるみたい。
特に意味はないんだけどあやかの写真。