Saturday, September 24, 2005

No title

ホワイトバンドの収益がほとんど寄付ではないことが問題視されていますね。確かに購入する人が寄付だと思ってるのなら問題だし、ホワイトバンドを販売してる一部の団体に多少の怪しさがあるのも事実だと思います。

ただしボクは、貧困への対策は寄付よりも啓蒙活動が優先されるべきというのは正しいと思う。寄付金で食料や衣料を送るのは対症療法に過ぎない。例えは悪いかもしれないけど、ノラ猫に可哀想だと思ってエサをあげるのと変わらない。エサがなくなればまた同じ状況に戻るだけだ。

ノラ猫の抜本的対策は、エサをあげることがノラ猫の幸せではないと気づくこと。じゃあ、貧困への抜本的対策ってなんだろう。それは貧困国が自活力をつけることに他ならない。だけどその方法として経済援助を行うってのも、やっぱりエサと変わらない。エサではなく狩りの方法が必要なんだよね。

ボクは、狩りの方法ってのは、教育だと思う。人間において教育こそ最も優先されるべき事項だというのはボクの信念に近い。人間には貧困もあるし、差別もあるし、戦争もある。でも、教育さえあれば。教育さえ充実すれば。というのはボクが物事の最上位に置くことです。それは貧困国でも先進国でも変わらないと思う。日本だってまだまだ教育が足りない。

もちろんほとんどの子供が高校に行き、半数以上が大学に行く、この割合を増やすことが教育だと言いたいわけじゃないし、数学や英語ができるようにしたいわけでもない。そうではなく、生徒が一人一人自分のペースで学べ、大学に行くことよりも自分のやりたい職業に就くことが最優先される、そんな社会に近づけるような教育環境、社会環境を作りたいし、それを世界に広めたいと思う。ボクの人生の残りが50年くらいだろう(できる限り長生きするつもりだから)。その間に、このプログラムをわずかだけでも前進させるのはボクの生き甲斐の一つです。