Monday, September 12, 2005

続・『タイムマシンの作り方』

タイムマシンの作り方―光速突破は難しくない!
タイムマシンの作り方―光速突破は難しくない!

先日途中読みのまま怪しげな点を指摘した『タイムマシンの作り方』ですが、読み終わりました。結論から言えば、面白いということです。この前書いたような部分はかなり少なく、多分「超光速」を強調したいがための勇み足なんだと思います。

特に後半になってくると、本当に存在する超光速と見せかけの超光速をきちんと分類し、実在の超光速についてもどうして超光速通信には使えないのかとか、超光速通信に使えるとしたらどういう可能性があるのか、とマトモに論じている。

ボクが特に面白かったのは、アインシュタイン方程式の様々な解をペンローズ・ダイアグラムを使って描いてるところ。どういう条件なら相対性理論はタイムトラベルを容認するのか、ということをとてもわかりやすく説明している。他にもディラックが予想した陽電子を、時間を逆行する電子だと考えたファインマンの理論がなぜ優れているのか、など理論的なことにもかなり踏み込んでいる。

相対性理論に基づいた本なので、基本的な前提知識は必要かもしれないけど、非常に読み応えのある本です。タイムマシンの本だからといって簡単に超光速粒子タキオンに逃げないで、だいたいにおいてタキオンに否定的なところも気に入りました。


ところでこれは概念的な問題なんだけど、超光速の無限の速さで飛ぶタキオンが存在しないとしても、量子飛躍的な「時間ゼロ」は何を意味するのだろう。相対論では光円錐に沿った線(世界線)が時間を表してるけど、これは実は時間ではなく距離に過ぎないのかもしれない。そして量子飛躍の時間が本当の時間だとすれば、宇宙開闢から現在まで経過した時間はゼロだということになるかもしれない。

実際物理学において、単位時間とは何を表すのだろう。物質の相互作用にかかる時間が時間だとすれば、ビッグバンにおいて宇宙が生まれた瞬間は現在の意味での物質が生まれていないのだから相互作用は存在しなく、また時間も存在しないことになる。だから宇宙論でよく使う「宇宙が生まれてから10^-40(10のマイナス40乗)秒後」という表現が何を意味するのかわからない。時間はあったかもしれない。でも、今と同じ時間の単位が通用するのか?

似たようなことは長さにもいえる。哲学において「私たちの外側にある物体の本当の大きさはどれくらいなのだろうか」という問いがあるが、同じように、物質がまだ生まれていない時代の大きさをどうして語ることができるのか。それは、経済活動を持たないサルの集団を捕まえて、「彼らの行動は年間30万円に相当します」というに等しいのではないか。宇宙は、私たちの想像力が及ばないほど単純なのかもしれない。