Thursday, March 7, 2002

ログ44('02 03/06~03/31)

02.03.31

明日は僕の通う大学の入学式があります。だから僕たちのサークルも明日からの新入生勧誘をもって本格的に活動開始ということになる。これから4月いっぱいは毎日夕方に駅前に学生がそれはもううじゃうじゃ溢れかえって阿鼻叫喚の地獄絵図となりますので、高田馬場駅周辺にお住まいのかたはご注意ください。出くわしたら、それはもう運命だと思ってあきらめてください。

あ、人並みに出くわしたら、ね。

ジェームズ・ディーンの「理由なき反抗(Rebel Without A Cause)」を見た。すげー面白かったし基本的にはジェームズ・ディーンに共感したんだけど、僕は少し大人の立場も理解してしまった。きっと少し前だったら腹の底からジェームズ・ディーンに共感したんだろうけど。それは僕の成長の証でもあり、僕がだんだん反抗する立場から抑圧者へと移行しているということの標しでもある。もっと若いうちに見ておきたかったな。

恋愛なんてさー、生きてるうちに何回でもするもんだし、してきたし、その意味じゃあ一回一回楽しんでればいいと思うし別にそこまでたいしたものでもないと思うんだよね。別れるとかさ、別れたくないだとか、冷静に考えてみれば本当にばからしい。俺だって他にやりたいことがあるし女にかまけてたって何かいいことあるわけじゃない。なのに理不尽にも僕のハートをつかんで離さない君の存在。頭ん中じゃもういいやって思おうとしてるのに胸の高鳴りが僕に訴えかける、おい、それでいいのか?って。本当に非論理的で不愉快だ。僕はなんでこんなに君のことが好きじゃなくちゃいけない?悔しいけど僕の完敗。
02.03.29

まっすぐワタシの目をみて 3.2.1....
引き金に指をしっかりかけて 3.2.1....

ゆっくりその手に力を込めて 3.2.1....

ワタシ後悔してない 後悔なんかしない

でもお願い 流れるワタシを集めて飲んで

そうすれば貴方の中を通って向こうへ行けるから

ねえ ワタシはよくやったでしょう?

だからもう許して もうイカセテ

僕は正直言ってというか、知っての通りというか、女の子が大好きです。それも身の程知らずに美人大好きです。でも美人を前にしたとき美辞麗句を並び立てるかといえば、必ずしもそうじゃない。だってそういう人ってもういくらでも言われなれてるし、言ったところでその子をスポイルするだけだからね。最近とても美人な子と会ったんだけど、それはもう見事なほどスポイルされきっていた。男に言い寄られるのは当たり前って顔。しかもそういう子って自分じゃそんなことないって思ってるんだよなー。だから僕は彼女たちをそれ以上貶めないようについ厳しいことを言ってしまうのです。そしてその結果僕は美人に嫌われるし、彼女には振られることになる。俺ってもしかして割り食ってる?考えた分だけ損をしてるような気がするぞ。誰か僕の思考を停止してください。

ある教授が「悪い恋愛もいい恋愛もいっぱいしてください」と言っていた。それはともかくとして、どんな辛い恋愛も終わってしまえば楽しい思い出になるし、すべての恋愛は幻想に基づいた現実だ(現実に基づいた幻想だとも言える)。だから僕らは恋愛に対する価値判断を停止しなくちゃいけない。いいか悪いかは未来に関わる事柄なのであって、楽しさも辛さもそれはどんな幻覚であろうと現在において感じられる以上幻覚か現実かに関係なく事実だ。つまり、僕らは恋愛において未来へ依拠するよりも現在を享受するべき。今の気持ちを何よりも大切にしよう。過去のことも、未来のことも、なにも関係ない。今僕は君が好きだ。

たまに可愛い子とデートするとき恋愛の可能性を考えないわけじゃない。この人と付き合えたら楽しいだろうなって思ったりもする。でも、それよりも君と動物園に行ったり美術館に行くほうが楽しいなって思ってしまう。なにも別れたあとまで人の恋愛を邪魔しなくってもいいだろう?君のせいで僕は好きな人も作れないじゃないか。消えてしまう前に僕の魂を返してくれよ。君に奪われたままの僕の心を。
02.03.28

ビールを飲んで悪酔い中です。うげげげ。今日はけっこう忙しかったなー。僕の通ってる大学は今年から科目登録がやたら早くなったのでその関係に追われたり、サークルのチラシ印刷を頼んだりと歩きっぱなしだ。友だちがイラストを描いてくれたおかげでずいぶんとかっこいいチラシ が完成しました。これで新入生が入ってくれるといいんだけど。

科目登録は、今年は少なめで行くつもりだったんだけど結局ほぼフル単になりそうだ。シラバス読んでるとこんなにまだ勉強することがあるんだーって気持ちになって、いてもたってもいられなくなっちゃうんだよね。

家庭教師の一件が今日で最後だったので新しい先生と引き継ぎしてきた。その先生は東京大学で工学をやってるらしいんだけど、ちょっとおどおどした態度で少し不安を感じるがもうどうしようもあるまい。ファミレスで派遣会社のハセガワさんと3人で話してるときにも感じたのはこの人のモチベーションの低さなんだよね。なんでそれ(工学)をやりたいかとか、どうしてもそれをやらなくちゃいけないって気持ちがイマイチ感じられない。別に東京大学くらいならそんな人も少ないんだろうけど、とにかく僕の大学にそういう奴は少ない。勉強が好きなやつなんて少ないにせよみんながみんな何か胸を張って僕はこれが好きって言えるものを持っている。または、何かを好きっていうとき胸を張って言える。アリマは音楽が好きで、カミノは演劇が好きで、クリちゃんはサッカーが好きと言う。僕は選択がいくらでもできるのに今年も単位の半分が言語学の講義、演習だ。どれもこれも社会に出たとき役に立つものじゃないし、その意味じゃ僕らはどうしようもない4人組かもしれない。

でも、好きって言えるものが何か一つでもあれば人生はとっても楽しくなると思う。それで一番とれなくてもいいじゃん。人より優れてる必要なんてまったくない。好きなことをしてるってことそれ自体が僕らを震わせる。僕はさ、五十歩百歩って言葉があまり好きじゃないんだよね。確かに五十歩逃げた人間に百歩逃げた人間を非難する権利はない。でもさ、僕は自分の生徒が100問の宿題のうち1問しかやってなくても絶対その分は評価する。結果が出なくちゃ意味がないとか、どれだけ以上やらなくちゃいけないなんてナンセンスだ。苦手でも不得手でもとにかくやったってことはステキなことだろう? それに味を占めて自分で自分を甘やかすようになっちゃいけないけど、自分ができることを人ができないときに非難しちゃいけない。もし非難したら、そのとき僕は何もできてないってことと同じになる。もちろん、僕は今までにそうやって正しさを押し付けて結局のところ暗黙のうちに相手を非難してたことがある。本当にすまなかった。自分に厳しくあろうとすることがいつしか相手に厳しくあることにすりかわっていた。でも、そんな人を認めることができない人間にいったいなにができる?

とても泣きたい。こんなふうに酔った夜は誰かに頼りたい。僕のこのささくれだった心を慰めてほしい。でもお前は忘れてやしないだろうな?お前が何人の女の子を傷つけて、泣かしたかを。ああ、僕は僕の罪業を背負い、泣くことも許されていないのだ。僕が傷ついてるなんて言ったなら、そんな身勝手なことはないだろう。僕は僕が傷つけてしまった彼女たちのためにいつでも尊大でいなくちゃいけない。僕は何者にも傷つかないんだ。僕には泣く権利も傷つく権利も与えられてはいない。僕は許されざる存在で、僕は愛する貴方の存在すべてを受け入れよう。

会いたい。会いたい。会いたい。壊れそうなくらい。そんなロジックなんてどうでもいい。どんな理由だろうと、どんなに汚い人間だと言われようと、この気持ちを抑えることはできない。ねえ、僕はどこに向かってるんだい?誰か教えてよ。こんなに近くても永遠の距離のようで、それでも僕は歩き続ける。どれだけ歩いてもたどり着くことはない君に向かって。それでもいいんだ、捕まえられなくても。でもせめてその姿を見せてくれ。そうすれば僕はまた歩き続けられる。僕はどこにいるんだい?君は今でもまだそこにいるのかい?
02.03.27

自転車を撤去されたので数日前に新宿まで徒歩で取りにいってきた。ついでに最近お米がなくなりかけていたので、リュックも背負っていき食料品をディスカウントショップで買い込んでくる目算だった。まず先にお米やら台所用品を買って、その足でアクアショップにより熱帯魚のカルキ抜きや中和剤を買う。これでベタ君も喜ぶだろう。そして両手に荷物をぶらさげパンパンに張ったリュックを背に自転車保管所に向かったら、本日休業だってさ。帰り道はマジで死の行軍だったって。高校生のころ電車がなくなってよくD.N.と栄から星が丘まで一晩中歩き続けたりしたものだけど(4、5時間かかる)、それでもこんなに疲れなかったぞ。恐るべし、米。

アクアショップでついベタのメスを買ってブリーディングしちゃおうかと思ったのだけど、ベタは何匹も同じ水槽で飼えないのでそのたびに水槽セットが必要になる。とてもじゃないがそんなことはできないのであきらめた。水槽がいっぱいの部屋ってシュリみたいでかっこいいんだけどなー。

シュリを見て以来、毎朝起きて一番最初に考えることがあの映画のことになっている。多分とってもすごい映画なんだと思うけど、なにせ見た時期が悪かった。どうして彼女は、あのときの彼の気持ちは、そんなことを毎朝ベッドで考えては憂鬱な心持で顔を洗う。どうしてこんなにこの映画が僕を揺り動かすのかわからない。役者が韓国の人だから、舞台が都会だから、激しく、切ないから、いろいろと僕が感情移入しやすい理由は思いつくんだけど、きっともっと深いところで訴えかけてくるなにかがこの映画にはある。それは、今はわからない。だからまた数年後に見てみようと思う。

今ある小説家の本を集中的に読んでいるんだけど、前にこの小説家の本を読んだことがなかったわけじゃない。何冊も読んだことはあったし、けっこう面白いと思ってた。でも決してそれ以上ではなかったんだよね。そしてその小説は僕の中で眠り続け、数年後たまたま読むことになったときその記憶は纏を新たにして僕の前に現れた。もっと強く、もっと色濃く。今感じてることとか、今見ているものってすぐには本当の判断は下せないと思う。確かにそういう「インスタント」さを前面に出している本や映画も多いけど、そういうものはそのうち食傷になってしまう。だからそういうときは一度離れてみるといいのかな。その間に自分も変わるし作品も熟成される。そしてまた出会ったときその関係は一段と洗練されたものになるだろう。ええと、だから、その、そろそろ僕も少しは熟成されたのではないかと、、、、

毎日食べてもあきない薄すぎず濃すぎずのみそ汁みたいな男になりたい、ってのは決め言葉には使えないな。

もう春だし、ということでイメチェン(死語)してみました。みんなの感想。
アリマ:「ギャル男」
カミノ:「チャラい」
家庭教師の生徒:「一瞬引いた」

みんなヒデェ。僕、コレ気に入ってるのにな。どうせなら今年のコンセプトは似非黒服で行こうか。えっと、その前にグッチの靴を買ってこなくちゃ。
02.03.25

THat's a being of my love.

僕は余計な知識を持ってるせいでついつまらないことを言って彼女を怒らせる、という特技を持っています。でもねでもね、ずっと考えてて思ったのよ。結局何が大切って、彼女のことを好きなのかどうか、それ以外に大事なことは何一つこの世界に存在しない。彼女にこの想いを伝えるためなら他の何を犠牲にしてもかまわない。人類を敵にしてもかまわない。友人を裏切ってもかまわない。そんなのは後から謝れば済む話で。そんなことより今僕はここで彼女を選ぶ必要がある。ほら、ゆっくり息を吸って、肩の力を抜いて、ちゃんと相手の目を見てますか?そんな風にうつむいてちゃだめですよ。もっと堂々と胸を張って。いいですか、せーの。僕、君のこと好きなんだ。

シュリを見ました。韓国映画の。この前のダンサー・イン・ザ・ダークといい、世の中の映画という映画は僕を落ち込ませるためにあるのだろうか? もう勘弁してください。これ以上愛ってなに?なんて考えたくないんです。せっかくさ、片想いだろうと振られたんであろうとそれでも僕は彼女が好きなんだって確認して頑張ろうと思ってたところなんだから。

正直言ってもうなんともならんと思ってますが。でもそれこそ理性と感情はべつもんだもんな。無理だからといって好きなものを好きじゃないと思うことはできないし、先を考えても暗くなるだけだし。それよりゃ今その気分を持つことで少しでも幸せを得られるかどうかのほうが大事。僕はいつでも君と一緒にいたい、そう思えるから僕は生きていくことができる。眠りにつき、目を覚ましたとき君を愛せるかどうかは神様だけが決められること。だから僕は今精一杯君を愛さなくちゃいけない。そして僕はその見返りにほんのちょっぴり幸せをもらう。ちょっぴりで、落としたらもう見つからないようなちっちゃなちっちゃな。僕のそんなちっぽけな楽しみはここにある。せめてこれだけはなくさないように持っていなくちゃ。だから僕はもうこれ以上愛について考えることを止めなくちゃいけないのです。もうこれ以上失いたくはないから。もうこれ以上離れたくはないから。

Don't leave me 誰もいない
僕を許してくれるのは 君以外に
It's too late 信じられない
こんなに胸が痛いのに いつか忘れるなんて (B'z / Don't Leave Me)

目指せ3年後 。おういえい。
02.03.23

WHat's a meaning of my life?
WHat's the meaning of my life?
WHat's your meaning of my life?
THere is no life without your life.

昨日、Alien Ant Farm の "Smooth Criminal" をマイケル・ジャクソンの曲と間違えていた、と書いたけどあれはマイケル・ジャクソンのカヴァーなんだってね。はははは。聴いた人間にマイケル・ジャクソンの顔を思い浮かべさせるようじゃ Alien Ant Farm ってのもまだまだだな。

この前カラオケに行ったとき友だちが歌っていたキンモクセイという人たちの「二人のアカボシ」という曲がとってもよかったのでレンタルで借りてきた。でも聴いてみてちょっとガッカリ。なんでかって、曲はすごくいいんだけどアレンジに凝りすぎてる感じがするんだよね。こんな曲ならわざわざアンサンブル調にしてヴォーカルも変なエフェクトかけたりしないでアコギ一本でやったほうがいいと思うんだけどなー。メロディーはとってもいいんだけど、カラオケで聴いたときほど胸にぐぐっとこなかった。

これくらい書いておけば音楽サークルの幹事長として合格かな?(笑

ヤフオクってプリンタとかも安く売ってるのかなーと思って見てみたら(使ったことはない)、ある会社が出品に際してこんなことを書いていた。「女性、パソコン初心者の方にはお奨めしません。」 商品はレーザープリンタで初心者には扱いづらいのかもしれないし、かなりの重量があるから平均的な力の女性では動かせないのかもしれない。でも、それをなにも考えないで無神経に説明もなくこんな書き方をする会社に僕は非常に怒りを覚える。もし理由が僕の推察どおりだったとしてもなぜ「高度な設定が必要ですので初心者向けではありません。かなりの重さになりますので女性の方はご注意ください。」とわけて書けないのだ。僕は意味のないファッション的なフェミニズムは大嫌いだけど、こういうあまりにも旧弊的な思考様式は本当に許せない。ちなみにこの会社は他のレーザープリンタにも同様のコメントを付けていた。

街を歩いているとカップル率が異常に高いような気がするのですが僕の妄想でしょうか。一人で歩いてると後ろ指指されてるような気がするのですが妄想でしょうか。ファーストフードで店員のお姉ちゃんと目が合うとこの子俺に気があるのかな?って思うのですが妄想でしょうか。いつかまたって気がしてるのですが妄想でしょうか。誰か教えてください。誰か教えてください。幻覚の中で生き延びるよりは現実に打ちのめされる覚悟はできてますから。
02.03.22

今日までにどうしてもやっておかなくちゃいけない書類があって、その準備に終われてたから珍しく明け方6時まで起きていた。それで3時過ぎからふと感じていたのだけれど、夜中にはどうにも煙草が吸いたくなるね。1月からはじめて基本的に禁煙は成功中なんだけど、それでも夜中や寝不足の時には吸いたくなる。だからどうってわけじゃあまったくないんだけど。

この前紹介したストリーミング音楽配信ソフト、Spinner Player の配信元に歌詞もスキンからリンクで飛べるようになってると嬉しいってメイルしたらもう返事がきました。しかもおざなりな紋切り型の返答じゃなくって、担当者が非常に友好的に答えてくれた。プログラミング担当者のメイルアドレスまで教えてくれてここに送ったほうが話が早い、なんていってくれてるし。無料ソフトなんだからはっきり言ってそこまでする必要はまったくないわけで、もうすげー感激です。僕はこの会社大好きになったからぜひみんなにもダウンロードしてもらいたいな。音楽は本当にクールな選曲でジャンルもいっぱいあるから。

このソフトは聴きながら曲名がみえるので、今まで曲名がわからなくって残念だなって思ってた曲が流れるたびにメモしてる。
The Doobie Brothers "China Grove" 高校生の頃ギターで少しコピーしたので今でも指が覚えてるんだけど、曲名を忘れてた。
Alien Ant Farm "Smooth Criminal" 最近のヒット曲なんだけど、ずっとマイケル・ジャクソンだと思ってました(笑 最高にcoolな曲。
Kylie Minoque "Can't Get You Out Of My Head" ポップさで歌詞のちょっとした切なさが浮きだってる感じ。
他にもいっぱいいっぱい。音楽を聴くのが楽しいってここまで純粋に思えるのはいつ以来だろう。マジでSpinner Playerのおかげです。サンクス。

僕はなんて愚かなんだろう。僕はなぜこんなに気が付くのが遅いのだろう。僕はなぜそのままでいいよって言えなかったのだろう。僕たちの生きる時間はとっても短くて、チャンスはなかなか巡ってこない。もしも出会ったならそれはラストチャンスだと思ったほうがいい。それなのに、僕は、それなのに逃してしまった。きっと僕はとっても自己中心的で、それを「なくそう」としているというよりはそれを「隠そう」としていたんだ。そんな不誠実な僕の言葉が誰かに届くわけはない。多分僕は今僕が思ってる以上に愚かだ。これからも過ちを繰り返していくに違いない。でもこれだけは絶対に忘れないで胸にいつまでも焼き付けておこう、君を僕のエゴで傷つけてしまったことは。

面白かった?と聞かれるととても困る。悲しいとか、感動とか、そんな言葉じゃ言い表せない。でも事実だけなら言える。忘れることはできない 。

02.03.20

もしも君が可愛くなかったら

もしも君が可愛くなかったら どんなにいいだろう
もしも君が可愛くなかったら 僕は街で可愛い人を見かけるたびに胸を痛めなくてもすむ
もしも君が可愛くなかったら 僕はもっと胸を張って君を好きって言える
僕らは小さな世界で小さな唄を唄い小さな声で小さな愛を囁きあう

もしも君が可愛くなかったら どんなにいいだろうと思う
でも君は可愛いんだから 僕はあきらめるしかない なにもかもを (たまよ 心のポエム)

spinner player というアメリカの音楽配信ソフトを知っていますか?ストリーミング形式でラジオ型なので、好きな曲だけを選んで聴くというのはやりにくいんだけどチャンネルは多いしポップスもご機嫌な選曲なのでお勧め。インタフェイスはあまりかっこよくないけどね。でもアーティストと曲名も表示されるってのは非常に嬉しい。洋楽ならどんなジャンルも揃ってる感じなので洋楽好きは絶対チェックだね。

家庭教師先でたまに食事を出されます。ありがたくちょうだいしてるわけですが、棚に積まれた箱がとっても気になります 。彼が志望校落ちたのは決して僕のせいじゃないのでヨロシク☆

世の中にはなかなか変わったオブジェクトが存在するわけでありまして、初めて見たときから数ヶ月コンセプトが理解できませんでした。なんだと思います ?

この前主税教授に会ったときに「君ほど幸せな人間はそうそういない」と言われたんだけど、まあそうだなあと思う。僕は理想論的に勉強したくないなら大学に来なければいいと言うけれどとにかく現実問題として現在の大学生のうち勉強したいと思ってる人があんまりいないのは確かだ。それはもうどうしようもない。でも考えようによっちゃそういう人って可哀そうだなあって思う。本当は勉強嫌いなんだからさ、はやく働きゃいいんだけど世間は大学に行ったほうが丁寧に扱ってくれるものね。中身なんにも変わらなくても。つーかむしろ勉強に対するあきらめを知ってるだけ一山幾らの大学生より偉いしね。でも僕なんかは勉強が好きだし本読むのが好きだし外国語習うのも好きだし、好きなことをどれだけやってもとがめられない大学生というこの時期が楽しくてたまらない。世界で十指に入るんじゃないかってくらい幸せものだと思う。これで可愛い彼女がいたら確実に世界で一番幸せなんだけど、そればかりはどうしようもないか。自分の好きなことができるから幸せってこともあるけど、こうやって幸せを感じてるときに幸せって言えるってことも幸せなんだろうね。半分の幸せであっても。

ただちょっと最近少しだれてきたところがあるね。生き方に鋭さがなくなってきたと言えるかも。もちろん僕は今力強さを持とうとしてるわけで、それと鋭さの両方を獲得することがとても難しいことだってのはわかってるよ。でも完全な丸さよりはもちょっとざらつきはあってもいいかな、と思うし。誰か僕の頬に張り手でもかましてくれないかなー。そうすりゃ僕も目が覚めてもっと踏ん張ってやろうって思えるんだけど。今酒飲みながらこれ書いてますが、右手の甲に赤い斑点が顕れてる。僕が高校生だったころD.N.に根性焼きを付けてもらった跡だ。授業出るのがかったるくって毎日体育館の屋上で煙草を吹かしてゲーセンで夜を明かし、意味もなく友人に頼んで手に煙草を押し付けてもらった。あの頃僕らは無敵だった。怖いものなんてなにもなかった。ただ日々襲いかかってくる虚無感をやり過ごし、電車の窓の向こうに見えたファーストフードの看板を追い求めて僕らはそこで青春を過ごしたのだ。あの時代のざらつきはまだ忘れちゃいない。かつての僕と今の僕の違いと言えば、僕はあの頃ほとんど童貞で、今僕は人を愛することを覚えたということだけだ。振り向いたとき、声にならない叫びなら飲み込めばいい。まだ僕らには未来があるし僕にはまだ君を愛することが許されているのだから。

ちなみにたまよってのはほなみたまよのことだが。ともぞう、心の俳句といえば思い出していただけるだろうか。

02.03.19

ひさしぶりにジムに行ってきた。受付のお兄ちゃんにサボってたと指弾されたけど、実家に帰ってたのだから仕方がない。確かに実家ではまったく運動してなかったけどね。ということで数日ぶりに体をゆっくりほぐす。体重は49になりました。このまま増えるといいんだけど。

帰り道で黄色い帽子かぶった小学生の集団が騒いでた。そこから聞こえてきた発言。「お前8歳なのにもう母乳ダラダラなのかよ~~」 なんかのメタファーですか?ムツカシクテ僕には理解できません。

帰省中同居人のベタの世話を誰に押し付けようか迷ってたんだけど、ちょうど姉貴が出張で東京に来るってことだったんで泊まってもいいけど魚の世話ヨロシクって書置き残しておいたんだ。ちゃんと世話してくれてたみたいでまだ生きてます。しつこいなお前。
02.03.18
現在は東京へ向かう新幹線の中。親とは、まあ腹の探り合いでお互い牽制しあってたところはあるけど和解できたしよかったんじゃないかな。甥の涼翔とは最後まで和解できなかったけど。僕ってそんなに怖い顔じゃないと思うし、腹の中も赤ん坊に泣かれるほど腹黒くないと思うんだけどなー。似非的笑顔じゃだめなのか。だって赤ん坊にどんな顔したらいいのかなんて学校で習ったことないもんねえ。教科書に書いてなくちゃわかんなーい。
実家にいるときに1年ぶりにまとまった時間とってテレビや新聞をみてみたわけなんだけど、相変わらずひどいね。新聞は書き手が悪いんじゃなくって世界に溢れる戦争や殺人事件の悲壮さに僕は怒りを覚えるんだけど。でもテレビは違う。明らかに局側のレベルが低い。もっとも、それを喜んでみる人間がいるから成立してるんだけど。でも、成立しているということとそのままでいいってことはまったく違う。それは現在だけの視点で見ればうまくまわってるけど時間とともに見ればその端々から矛盾が吹き出てる。特に女性の扱い方があまりにもあまりだ。見てて悔し涙が出てきた。すべての女性と男性は性別として固有の権利を有し、その世界観がある意味においては分離しているのは仕方がないことだ。それまでも統合しようとするラディカルなフェミニストは人間の存在の意味を見失っている。だけど、女性の世界観と男性の世界観の接点で男性側が優位に立つことだけはあっちゃならない。今のテレビは結局のところ最終的な部分で男性を優位にしているし(これは穏やかな表現。実際にはかなりあからさまに男根主義だ)、(もちろん傾向としてだが)女性はどこかでそれを受け入れている。今の僕には力がない。でも僕はいつか少しでも変えよう。僕は男であり、女を愛する。その文脈での愛の意味を追求していこう。この問題は僕にとってかなりヘヴィーなんだけど、それでもやはり放っておくことはできない。どれだけ傷ついても立ち向かわなくちゃならないんだ。僕が次のステップへ向かうために。

それにしても本当に本当に悔しくて悲しくて腹が立ってたまらないね。テロへの報復の怒りの矛先にある相手の子供の顔を思い浮かべられないのか? 女性の地位は現代においてもレヴィ・ストロース的一般化された交換を表しているのか? インターネットがもてはやされることで象徴されるように、情報化が進むにつれ人間から想像力が欠落していっている。「便利」であることの恐ろしさをもっと深く認識しなくちゃいけない時代に入りつつあるのだ。簡便性は人から思考の自由を奪う。もちろん世間がすべて男性中心のままであるわけじゃないと思う。努力してるところも多い。でもとにかく現代において巨大な影響力を持つテレビ局が旧弊的な体質のままじゃだめでしょ。みんながそんなに堅苦しく男性だとか女性だとか考える必要は、確かにない。僕だってそんなこと考えずに女の子とデートして楽しみたい。でも考えるべき立場にある人間は考えなくちゃだめなのだ。テレビを見てて思ったのは日本の人はとにかく画一的な考え方が大好きなのね。平和がいいぞーとなればそっちへわーっと。国際化がいいぞーとなればみんな英語英語。集団の調和も個人の立場も両方大事なんだからそのバランスをうまくとって自分は自分、僕に必要なのはこういう情報って考えられるようにならなくちゃだめだよね。結局のところ、性も個人も社会も国家も本当に対立するものじゃないんだから。擬似的にそうすることでわかりやすくなることはあってもね。

たまにお店で「レディースデイ」なるものを設定してる店があるじゃない?僕はああいうのが大嫌いです。僕は女の子が大好きで、基本的に女の子には優しいんだけど、それはあくまでも僕が「男」でいるとき。でも学問の場なり仕事なり僕が一人の「人間」であるときは相手が女の子かどうかなんて関係ない。あくまでもそのとき彼女は性別関係なしの人間だ。だからそういうレディースデイってのを見ると、お前の店は男性(ジェンダーとして)なのかって聞きたくなる。それくらい、当たり前の区別だと思うんだけどなあ。そんなこともないのでしょうか。チャダ、悲しい。僕が一人の人間であったとき、僕は君に厳しいことを言ったかもしれない。でも、僕が一人の男であったとき君は僕にとって最高の女だった。I'm just a man, you know.

さて、東京駅です。ただいま。

02.03.17
河合塾英語科専任講師の小林功先生にお会いしてきた。河合塾の中で一番本を出している先生らしいですが。基本的には英語学や、英語教育の話なんかの堅い話をしてたんだけどこの先生の前ではどうにもかしこまってしまうところがある。とにかく、小林先生は質実剛健という言葉がなによりも似合う人なのだ。昨日お会いした主税教授とは逆側からアプローチしてる人なのかもしれない。主税教授はまず発言をして、それに注目してもらってからだんだん誘導していくタイプ。小林先生は何よりも真面目さを尊重してそこから話を広げていく。どちらかというと主税教授は予備校の講師タイプで小林先生は教授肌ってイメージなんだけど、まあイメージと人は傾向性はあるにせよ100%重なるものでもないしね。でもお二人ともに見えるのはその思想の深いところにある意志のようなものだ。僕自身はどちらともいえないんだけど、学ぶべきところは山盛りある。海が現実ならa mountain is also real. 人に会って話をするのは楽しいね。
家に帰ったあとまだ時間が早かったので近くを散歩していたらウエノに会った。ウエノは中学生のとき一番よく遊んでいた友達。でも卒業と同時にまったく連絡を取らなくなっていたのでほぼ7年ぶりの再会になるわけだ。おお、僕も今計算してみて驚いた。7年ぶりに友人に会う、なんてことが起きる年齢になってきたんだなあ俺も、、、、 まあ僕はあまりこまめに友人と連絡を取るほうじゃないんだけど。喫茶店でいろいろこの7年なにがあったかを話をしつつ将来のことなんかも話した。僕はこの先どうするんだろうな。ウエノは就職するそうだ。大学出てからも勉強する気はないそうで。彼は在学中バイトばかりしてたそうだけど、その話を聞いてこいつ偉いなあって思ったね。僕も勉強してるとか本読んでるなんてことを偉そうに言ってるけど、彼が4年間ずっとスーパーでバイトし続けた、それも将来小売業界でやっていきたかったからだ、なんて聞かされると自分の不勉強や不甲斐なさを恥じるばかりだ。そういうプレッシャを感じすぎて潰れちゃったらだめだけど、やっぱ勉強でもバイトでも遊びでもなにかしらがんばってる人間にインスパイアされるのは心地よい。僕も明日からがんばらなくっちゃって気になるし。もちろん人は一人一人生き方を持ってるわけだから必ずしも彼のように、という意味ではなく自分なりにがんばるってことだけど。Do your best, I do my best.彼女の写真見せてもらったらけっこう可愛かったし、いい子みたいだ。やっぱり男にはある種の精神的太さみたいなものが必要なのだろう。これは個人的な感覚だけど、僕は彼女に安心感を与えてあげられるような男性になりたい、もしも君がなにかにおびえることがあったなら。

名古屋で済ますべき用事はほぼすべて終わったので明日の昼には東京に戻る。次に帰ってくるのはいつだろうね。それでも多分僕はここにまた帰るだろうし、親は僕が帰ると思ってるだろう。可能性的にはそんな必然性はどこにもないのに、それは予想や予感なんてものではなく確固とした予定に近い。これは幻想や幻覚というものであって漠然とした妄想に近いのだが、いつかきっと君と。

02.03.16
今回名古屋に帰ってきて初めて甥に会った。兄貴の息子です 。名前は涼翔。読みは「りょうと」。まあ、かっこいいっちゃいいけど、少しやりすぎと言う気もします。姪っ子の名前は愛瞳(あいみ)だからなんとなく共通性はあるような気もするんだが。突然現れた人間が居間で普通に食事してるんだから不安になるのもわかるんだけど、僕の顔を見てるとだんだん顔がこわばってきて最終的に泣き出す。妹の愛瞳もそうだけど、どうやら兄貴の子供は人見知りするようだ。僕も実は人見知りするほうなんだけど。
地下鉄で本郷まで行き、そこからバスで椙山女学園大学 まで向かう。加藤主税教授に会うためです。ここには書ききれないくらいとてもいろんな話をしたのですが(教育、大学、言語学、メディア論、就職、女性学、などなど)、僕が思ったのはこの先生は根本的なところで真っ当なことを言っているな、ということ。見た目エキセントリックな考え方でもその土台は確固とした人間観に結びついている。ただ派手さに終始して結局のところ中身がないまま終わる教授とは違う。学問に対する態度や、言語学的な思想では僕と主税教授に差はあるんだけど、そういう共感できるグラウンドを持った人間は、偉そうな言い方だけど、信用できる。先生は英語学が専門だけど女性学もやっておられます。だから今の大学生の授業態度についてなんかも話をしたわけですが、やはり苦労してるみたい。ええと、偏見バリバリで言いますが、やっぱその辺女子大ってのは大変だろうなあと思う。なぜって、世の中にスポイルされていない女性はほぼ皆無だし(いるのかもしれないけど、少なくとも僕は出会ったことはない。ただし程度がひどくなければ問題じゃない)、そんな人たちを目の前にして講義を行うだなんて僕としちゃ考えただけで気が重くなる。わざわざ女性を怒らせるつもりはないが、それが現代の偽ることなき実態だと思う。

僕の実家は小牧空港(通称名古屋空港)が近いから飛行機が大きく見える。でも、飛行機が見えるたびに胸をぎゅっとつかまれる感覚が僕を襲う。どんなに仮面をかぶってみても僕はそういう意味のない意味づけされた記憶にとらわれて生き続けるのだ。地図を開くたび、携帯が鳴るたび、眠るたび。あまりにも記憶が多すぎて、そしてそのどれ一つとして消せなくて、僕はそのたびに心臓にナイフを刺されている。正直なところをちょっとだけ言うと、本当はあの街に暮らすのは少しだけ辛いのです。でも、どれだけ帰るのが辛くても、そこが僕の帰るべきところ。僕にはそこで待つべき人がいる。

02.03.15 PM
京都から名古屋に帰ってきました。京都では友達に会って、お茶をしてカラオケに行って大幅に散歩をした。ちなみに、僕は本気で風邪で辛かったのです。君たちには常識というものがないから優しい僕から教えてあげると、ああいうときはカラオケはパスするものです。 それくらいさっすれ。なんて言葉は奴らには届かないのだろう。常識人はいつも虐げられて苦労する。楽しかったし、最後のほうには体力も回復してきて結果的にはよかったんだけどね。いつもは地下鉄で移動する範囲を歩いたおかげでかなり地理的に分断的だった知識を統合することができました。歴史で言うなら中国文明とイスラム圏が751年に出会ったように。いつかまた女の子と一緒に来るとき役に立つだろう。
しかし、名古屋の実家に着いてから気が付いたことなのだが、そこで初めて会った女の子の電話番号を聞くのを忘れてました。かなりショック。なにがショックって、「彼女の」番号を聞き忘れたこともだけど話していて楽しかった女の子の番号を聞き忘れると言うその自分の失敗がです。やっぱ僕って擬似的にプレイボーイ(って古い表現かな)を装ってても実質はなりきれてないんだよね。だめだなあ、僕のバカバカ。もっと軽くならなくちゃね。軽やかなステップで階段を登ってりゃきっとうまくいくはず。だから僕はもっとうまく軽くステップを。

02.03.15 AM
ただいま新幹線の中であります。ふと外を眺めるとこんな風景 が見えていたりします。電車の中から撮った写真をその場でPCに撮りこむだなんて、異常なくらいハイテクな環境だと思いますが、なんといっても楽しいですね。電子機器ラヴ。僕は個人的にはインターネットとかそういうコミュニケーションツールにはそんなに興味がないんだけど(もちろんまったくないわけじゃない)、とにかくハイテクと言われる機械には目がない。もう、シリコンウエハースなんて聞くと胸がどきどきします。本気で。ちなみにシリコンウエハースというのはCDの原料となるシリコン(珪素)を純度99.999%くらいまで高めて板状にしたものです。あー考えただけでわくわく。なんて言ってるとまた異常者扱いされるのでこれくらいにしておこう。シリコン入りの胸を愛好する人間よりは正常じゃんねえ。ぶつぶつ。
そういや、帰省とはいえこれが東京をベースとして地方へ向かう始めての旅行になるわけだ。今まで1年間名古屋に帰ってなかったから。20歳越えたいい大人が年に何回も実家に帰るだなんて僕はヘンだと思ってます。別にアメリカナイズされて18になったらきっぱり親と別れるべきだ、って言ってるわけじゃない。程度の問題だよ、程度の。楽だからっていつまでも親元に居たら本当の自由は得られないと僕は思う。自由ってのは、犠牲や、努力、義務と引き換えに手に入れるものだから。与えられた自由には毛の先ほどの意味もない。ゆとり教育だとか、そういうコンセプトはわかるけどやっぱり子供に最初から自由を与えるべきじゃない。先に、自由は獲得するものだってことを教えなくちゃいけない。彼らは、自由を獲得した後にはその保持と言う獲得よりもはるかに困難なものが待っていることを知らなくちゃいけない。そしてもちろん、それでも人類の歴史の名のもとに自由の重要さを認識しなくちゃいけないと思う。楽しむことも、愛することも、夢を見ることも、人から与えられた環境の範囲でするものじゃない。自分で希望を切り開いて見つけ出すものだ。心の中にある財宝を。

小さい頃よく妄想のような夢を見たものだ。僕が地獄の悪魔に捕まって、悪魔は僕の母親にこう宣告する。「もしもお前の息子を助けたくば、この小道を全力で駆け抜けるがよい。ただし、一度も振り向いても立ち止まってもならぬ。少しでも躊躇すれば息子の命はないと思え。この言葉に嘘はない」 そして母は小道を走りだす。悪魔は母の邪魔をするためにいろいろな嘘を投げかける。「おい、今のはなしだ」「道が違うぞ」 母は悪魔の言葉に耳を貸さず走り続ける。悪魔はあきらめかけるが、最後に僕の声色をまねて言う。「お母さん、行っちゃだめだ!こっちに来て!」 僕はそこで目を覚ます。布団は汗でぬれていた。あの後、母は無事小道を抜けることができたのだろうか? 息子の命のために立ち止まることのない母だったら、僕は生きることができる? 思うに、死ぬことで生を見出すことができる瞬間ってことは厳としてこの世界に存在する。ただそれはみんなが知らなくてもいいことだ。きっと神様も隠しておきたい人間の悲劇。君よ、ただ世界を眠ろう。知ることは悲しく、辛い。

もう少しで京都駅です。なぜ?

02.03.14
最近は忙しい。いろんな用事が立て込んでる感じ。明日はクリちゃん(注;学友のニックネーム)のライヴだ、と思ってカミノに電話をして時間と場所を確認しようとしたら「、、、、今日だったんだけど」と言われました。てへ。クリちゃんに電話しなくて本当によかった。昼間、DVDを返しに行ったらDVD持って行くの忘れました。取りに帰ってまた店に行って帰ったら途中でリンスを買うのを忘れてました。僕に同時に二つ以上のことをさせようとしても無理です、というお話。明日から数日間逃避行に出るのでヨロシク。
未来は自らの手で切り開くしかない。
 
バイトの帰りに本屋によるのが習慣になりつつあるけど、さすがに新品を買うのは財政的に怖くていつも新刊をチェックするだけ。もちろん買って読めたら最高なんだけど、そうじゃなくってもどんな本が出てるのかを見るだけでも楽しいしね。タイトル眺めてるとそれだけで勉強になるし。欲しい本を買うだけじゃなくって欲しくなる本を探す作業ってのはとっても胸が躍るから、アマゾンでばかり本を買ってる人にもぜひたまにはためしてもらいたいところです。文学部の学生の一人としてお願い。

本屋で雑誌コーナーを通り過ぎるとき視界に気になる文字が入った。みんなも経験あると思うけど、脳裏になにか文字が浮かんで周りを見渡してみると広告にそれが書かれていた、なんてことはよくある。認識と無意識のディヴァイドが生み出すデジャヴ的様相。んで棚を見てみるとX JAPANの文字が。知っている人は知っているが、かつて僕はXのかなりファナティックなファンだったのだ。当時は毎朝新聞(「毎朝新聞」という名前の新聞ではない。毎朝、新聞)のラテ欄(ラジオ欄、テレビ欄)に目を通してXの文字を探していたので、その能力がまだ抜けていなかったのかもしれない。まあなんでもいいんだけど。立ち読みしてみたらYOSHIKIがまた帰国してるんだね。インタビューは読み応えがあってなかなか面白かった。いつかまたそのうちライヴに行きたいな。

僕は昔YOSHIKIの生き方にすごく憧れていた。僕がその生き方に憧れていてそれをYOSHIKIが体現していたのか、それとも憧れのYOSHIKIの生き方をリスペクトしていたのかはわからないけど、大方のファンというものがそうであるように多分その両方が相乗的に影響していたのだろう。最近はあまりそう見えなくなってきたところがあるけど、以前のYOSHIKIは「瞬間の美学」という言葉に代表されるように刹那を生きることを目指していた。そして僕もそう生きようと思い未来よりは今を求め、苦しみと快楽の間を漂っていた。しかし僕は今生き方を変え、未来を希求し始めている。でも、決してYOSHIKIの生き方や僕の当時の考え方を否定したりはしない。前にも書いたけど、それはそれで一つの輝き方であり、純粋さを極限まで高めた密度の頂点でもある。そのかっこよさは今でも憧れてる。ただ、僕が思うにそう生きてきたYOSHIKIだって一人じゃできなかったはずだ。その純粋さは危うさと表裏一体であり、今にも壊れそうな脆さを抱えた彼を誰かがきっと支えていたはず。ギリギリに立っている彼のそばにいる誰かが。僕は刹那を生きることをやめ、その誰かになろうと思う。純粋であることを離れ、自分の手を汚してでも君を守り続け、風に吹かれる君の前に立ち、崖の上に立つ君を後ろから抱きとめる。それが僕の使命だと思う。もしもすべての人が、なにか使命を持って生まれてきたのだとすれば。

僕らはそれぞれの花を抱いて生まれた 巡り会うために(B'z/ALONE)

有限の言葉に無限の想いを込めて。おめでとう。


02.03.11
最近スーパーにヨーグルトがない。これは僕にとって深刻な事態である。毎朝ヨーグルトにブルーベリージャムを入れて食べるのは僕の幸せの一環なのだ。聞いた話ではどうやらなんかのテレビ番組でヨーグルトの特集が組まれたのがその原因らしい。やれやれ、この国の人間はいつになったら学習という言葉の意味を覚えるのだ?まったく。みんなでダンスするのが好きなのはかまわないが、踊らされるのが嫌いで関与しないでいる人間の生活まで踏み荒らさないでもらいたいものだ。しかし個人に言っても個々人はそれを認識していないので仕方がない。困ったものである。ジムで運動してても、わざわざいつも二人で来る男二人組みとかがいる。おい、お前らは友達と一緒じゃなきゃ運動もできないのか?これは僕の独りよがりの偏見だけど、運動とか仕事ってのは基本的に孤独な作業だと思ってる。確かにたまに友達とやるのは楽しいけど、一人ではやらない、となるとおかしなことになる。バイトとかしててもやたら友達同士で群れてる奴らをみると見識を疑いたくなるね。でも、これは僕が頭の固くなりかけてる22歳の大人だからか。楽しければいいんだもんね。どうせ将来に夢を見られる時代でもないんだし。せめて刹那友達と時間を共有して楽しみたいと言う気持ちはよくわかる。がんばれ、若さ匂いたつ君らよ。いくら筋トレしても体重が48以上になりません。誰か肉食わせて。
日曜日は我らが音楽サークル、クランベリーボックス立ち上げパーティーということで、僕の部屋で飲み会だった。アリマが数え間違いをしていたり欠席が出たりで、結局集まったのは7人。でも僕の部屋にちょうどいい人数で結果オーライだったね。D.N.とアリマがやたら気があったみたいで音楽オタクな話をずっとしてた。僕は僕で、女の子に延々とインフレーション理論や背景輻射の説明をしていたが(笑 あーやっぱ物理学って面白いなあ。しかし、アリマやD.N.は実際に音楽ができるという意味で本当のオタクではないが、僕は物理や数学がまったくできないのでこれは科学オタクと言っていいだろう。別に数学できないのは俺のせいじゃねーけどな。小学生のときはできたのに教師にスポイルされたのだ(ということにしておこう)。この前アルバイトの面接を受けていたとき、僕を推薦してくれた友人が僕を「核融合とかが好きで、下手な理系の人間より詳しい」と紹介してくれた。もちろんそんなことはなくて僕の知識なんてたかがしれてるわけだが、すごく嬉しかった。多分、「彼はとても哲学に詳しいんです」と紹介されるのの100倍くらい。僕の科学に対するコンプレックスは根が深い。

とにかくパーティーは意外と(?)音楽サークルっぽくって楽しかった。メンバが作った曲を聴きながら酒を飲んでって、最高に面白いと思う。まだまだこれからだけど、なかなかうまくいくんじゃないかな。その後何人かでカラオケに行き、疲れて帰れなくなったアリマとカミノが部屋に泊まった。ちなみに、カミノは女です。普通ならここに「男だけどね」って言い訳を書くところなのだが、僕も女だって書いておかないと忘れてしまうから(笑 女性としての魅力どうこうの前にとにかくいじりやすい人間なのだ。普通に考えたら可愛げのある女の子なのだろう。少しサイズが大きいが。でもとにかく彼女の前ではアリマも僕も話をセーヴしようという気がまったくない。普通にセックスやAVの話をしてしまう。僕なんかつい気にせず着替えてしまいそうだったしね。でもこのごろはカミノに限らず女の子にあまり意識しないで接することができるようになったけど、やっぱそれって自分の中心に深くコミットしてる女性がいるかいないかの違いだろうと思う。恋愛ってのは突発的なもので予想を越えたものかもしれないから断定はしないけど、今の僕に他の女性との恋愛は必要ない。そうは言っても、まったくいらないというわけではないのだけれど。こういう、微妙な嘘を勝手に書かれると非常に困ります。僕が使ってるんだ、って爽やかにいったらどうなるんだろう?

たまに街で音楽を聴くと、日本のロックの甘さには本当にあきれ返ってしまう。ポップスはもともと甘ちゃんの音楽なのでそのままでいいのだ。誰もモーニング娘に芸術性を求めたりしないしね。それはそういうものなのだ。でも、ロックは違う。そのラディカルさ、ざらつき、無骨さを失ったらそれはもうロックではない。その意味では日本にはロックはなくなったと言っていいんじゃないかとさえ思う。別に違法であることを誇っても意味はないと思うけど、それでもドラッグやアルコホリズムくらいでどうこう言われたり、またそれで曲がってしまうんじゃロックじゃないだろって気がする。ロックってのはただの音楽ではなく生き方そのものなのだ。現代にはあまりにもいい子ちゃんロックが多すぎる。ただ、それって音楽に限った話じゃないけどね。大学のゼミでさ、「どんなとき人の目をじっくり見るか」ということを話し合ってたとき僕は講義中だと答えた。なぜかと聞かれ、「僕らは、講義という戦場に立つソルジャーだ。知性という名の剣を持って教授連と渡り合わなければならない。そのためには聴講と言えども受動的にあるのではなく、厳しい目で一字一句を見張らなくてはいけない」と言ったのだが、同意はあまり得られなかった(教授やTAの院生は後で同意を示してくれたけどね)。まあ人それぞれなんだから放っておけばいいとは思うんだけど、それでもたまに「おい、ここはschoolじゃなくてuniversityだぞ」といいたくなることがある。音楽にしろ学問にしろ、ちょっとこの国には反骨精神ってのがなくなりかけてるんじゃないか? 僕は自分の子供が「疲れるから部活やめたい」って言ったときに無理してやることはないんだからやめなよ、なんて言う人間にはなりたくない。無理な努力と地道な努力は違う。僕は、「努力とかがんばれって言葉は嫌い」って言う人はそこを少し勘違いしてるんじゃないかと思う。例えばさ、1000万円のディベートを渡されそうになったことのない八百屋のおっさんが官僚汚職の批判をしても説得力がないのと同じように。まだ僕も考えが浅いのかもしれないけど。

昔(と言っても最近まで)、僕は人と違うということに異常なまでの執着を見せる子供だった。保育園のときは一人で方程式を解くのが好きだった。小学生になってランドセルを買ってもらうとカッターですぐに傷つけまくった。人と同じカバンなんて真っ平だった。中学3年間スリッパを左右逆に履いていた。今でも財布はズボンの左ポケットに入れる。高校では生徒会もやったけどさぼるようになった。結局中退すると、髪を腰下まで伸ばして真っ赤に染めた。それとかコーヒーを飲むときティーソーサーは使わない、なんてことしてるしね。とにかく、僕はどんなことでも人と一緒ではありたくないということに必死だったことは確かだ。もちろんほとんどの人にそういった感情はあると思うんだけど。でもそういうのって、今からしたら人間が浅かったなあって感じる。結局のところ僕は、そういうことでしか人と差異化できない人間だったんだ。今僕はこう思う。なにも飾らなくてもいい、自分が満足できる生き方をしよう、等身大で生きようと。そして、ありのままの僕を好きになってもらいたいし、自由に生きるありのままの君を愛したい。

もちろん人と違ったことをしてきたことをすべて否定してるわけじゃないけどね。違うってことはそれ自体はいいことだと今も思うから。ただ、無理に違おうとするんじゃなくって違うのは違うし、一緒なのはみんな一緒だねって自然に思えるくらいであることが大事なんじゃないかな。年寄りくさいこと言えば、最近はみんなそのバランス感覚を失っているように見える。つまり、極端に走る人が多い。思ってた大学に入れなかったら勉強やる気なしになる、お金なかったらなにもできない、生きててもつまらないから死んじゃおう、、、、01的デジタル思考。そのいい例が抗菌グッズとイジメだ。盲目的に清潔さを信仰して結果免疫力の低下を招き、死ぬまで人を追い込んだり、どれだけやったら骨が折れるかとかも知らない子供たち、そして大人たち。限界、限度、バランスに対する生の体で覚えてる知識、これはもう失われてしまった過去の遺物なの?もう取り戻せない?荒っぽい論法だけど、やっぱそれは人としてどれだけ「飲み込めるか」だと思う。だめだったらだめでそこで妥協する、だけどそれまでなんとかやってみるっていう粘りみたいなもの?それが薄いんじゃないかなあ。日本の人って待つのが下手だしね。ADSLとかでも、なんでみんなもっとのんびり待てないものかね。1日早く開通したところで1日人生の空白ができるだけだろうに。とにかく僕は、高校を中退したことでフリーターとして数年間働いて、いろいろな経験を積むことができた。いろいろ遊びもしたし、ときには76時間不眠不休で働き続けたこともある。あのときは栄養ドリンク代とバイト代がほとんど釣り合っているという意味のわからない状況だったなあ。しかし安室ナミエ名古屋ドーム2DAYSで延べ8万人を楽しませるためにバイトとして一番頑張ったと自負している。 そして今は大学にきてアカデミーという世界にコミットメントしている。こういう経験の幅の広さは僕の数少ない人に自慢できる部分だと思う。いろいろな経験をしていろいろな本を読んでいろいろ考えることで僕らは自分の中にアブソーバ、緩衝地帯みたいなものを作ることができる。その大きさが生きる苦しみ、愛する悲しみ、真実の痛みを飲み込んでくれるのだろう。そうして僕は君をすっかり包み込もう。そのために僕は世界と戦い続ける。僕自身が君のアブソーバになるために。

しかし、戦士にも休息は必要なんですよ。傷ついた体を癒す場所が。倒れそうになったときの支えが、、、、

extra
今までぼへーっとしてて、ネスケではこのHPがほぼ見られない状況になっていたことに気がついていませんでした。そこで慌てて修復しようとしたのですが、僕はいろんなエディタを混在的に使うのでそれはもうヒドいタグの嵐になっていてテキストだけコピってほぼ最初から作り直す羽目になりました。これからはネットスケープコンポーザでだけHP作ります<htmlくらい自分で書け。今でも、最新ではないネスケではかなりくずれて見えるかもしれませんが僕にとってこの辺が限界です。申し訳ないですが勘弁してください。それと、前回使っていたサーヴァはクラッシュ的なポップアップを出すところだったのですが、それでもしマシンを停めてしまうことがありましたなら合わせてお詫び申し上げます。僕のチェキ不足でした。 - okino-mahito
02.03.09
今日もジムに行きました。こんな感じのところです 。学生会館の地下にあるのだけど、マイナなためいつもすいている。学費を払っている他の学友諸君には悪いが、僕が快適に使うためあまり言いふらそうとは思いません。許せ。鶏肉が安くてたんぱく質を取るにはよいと教えられたんだけど、やっぱ肉って調理が面倒だしね。牛乳を飲むことにしました。食事ごとに、お風呂上りに、運動の後に、ごくごく。小学生か、俺は。
サーヴァをまた変えました。前のところは java切ってないと恐ろしいことになる極悪ポップアップを表示するところだったみたい。おい、どこがpopup-freeなんだよ。やれやれ。友人にもメイルで書いたのだけど、こんなにサーヴァを変え続けてると自分が亡命しながら小説を書いている文豪に思えてくる(笑 ナチスドイツから亡命して、山を越えたところで自殺したのはヴァルター・ベンヤミンだったっけ?書くことは命をかける行為だ。少なくとも僕はそう思っている。書けなくなったとき、あなたは命をかけられますか?じゃなきゃ、自己陶酔的に石つぶてを投げてもしかたがない。

また本を買ってきました。机の上は現在こんな感じになっています 。もうマジでお金がない。ヤバ。ただ、僕が貧乏なのか、というと違うと思う。今お金はないけど貧乏ではない。例えば100億の資産を持つ人が101億の借金してたら、その人は貧乏人かな?それと同じだって。ほら、こうやってパソコン使いながらコンポで音楽聴いてエアコンの空気に包まれてる僕のどこが貧乏だって言うんだ?どっちかっていったらお金持ちに部類されてもおかしくないくらいだ。今の日本の人々は(僕は日本人とか韓国人みたいな「○○人」という表現が嫌いだ。国名なんて地名(region code)にすぎないだろ?無理にそれで人を分類しようとしちゃいけない。ただ、傾向性があることは否定できないから、そのときは「アメリカ人」ではなく「アメリカの人」と言おう)、僕も含めてだけど、狂ってるとしか思えない。おい、僕らは世界中の子供たちや僕らの子供たちの未来を奪ってはいないか?自己嫌悪になっても仕方がない、だけど忘れちゃいけないこと。

世の中にはウィンドウズのほうがいいだとか、マックのほうがいいやらいろんな意見がありますが、根本的な解決策をみつけました。 SONY製マッキントッシュです。

携帯にメイルが届くたび、今でもドキドキしながら開いてる。あまりにも単純にハッピィになれる魔法。へい、 ご主人様は忘れてないみたいだぜ。

02.03.08
今日は午前中にジムでトレーニングしてきた。そういや周りの人は汗かいてるのに僕だけ涼しい顔してるな。もともと僕はほとんど汗をかかないんだよね。多分玉のような汗なんて生まれてこの方かいたことがない。だからいろんなマシンで運動してもあまり汗かかないから他の人に申し訳ないような気がしなくもない(なぜだ)。でもひとつだけ僕でも汗をかくマシンを見つけました。エアロクライムというマシンです。えっと、名前の通り、エアロバイクみたいにその場で足踏みして登山気分ってやつ。これを 20分もやるとかなり汗がでてきます。流れなかったけど。多分僕は瞬発力がほとんど皆無だから、そういう運動じゃないと汗をかくまでに至らないのだろう。持久力のいる運動なら汗をかくわけだ。そっか、そういやセックスってけっこう汗ばむよな。納得。セックスが瞬発力か持久力かは人によって違うだろうが。
食生活にたんぱく質が足りなくて筋肉がつかない、と嘆いていたがたんぱく質を毎日垂れ流していることに気がついた。愕然。でもあれって本当にたんぱく質なの?誰か教えてプリーズプリーズミィ

ジムを出て、お昼でも食べるかな、と思ったところで S君からメイルがきた。ちなみに彼女の戸籍名(僕は本名という言葉が嫌いで、いつも戸籍名と呼ぶ。なんで国に登録する名前が本当の名前でなきゃいけないのだ)はなかなかユニークな名前なので少しうらやましい。で、メイルはお昼のお誘いだった。もちろんOKの返事を出して図書館の中で落ち合う。午前ジムでトレーニング→お昼女の子と一緒に食事→午後そのまま彼女とお茶をする、というあまりにも出来過ぎな一日だ(笑 早速トレーニング効果です。この財布を買ったら宝くじ当たります、並みの威力。彼女はアリマのような遊び人タイプではないし、どちらかというとかなり真面目な人間に分類できるインテリジェントな女性だけどやっぱとってもヴァイタリティに溢れてて好感がもてる。しかし、必ずしもそれが恋愛において重要になるわけではなく、僕の場合あまりポイントではないわけだが(笑 ともかくいろいろなことを深く考えてる人で、話してると僕の頭もブラッシュアップされるので彼女とお茶をするのは楽しい。つい引き止めて3時間ほども話をしてしまった。ちなみに、彼女にプロテインの話をしたら「頭働かす前に体働かせろよ」と言われました。まったくもっておっしゃるとおり。明日からは無心でがんばります。

そうこうしてたら、また古本屋で3冊ハードカヴァーを買ってしまった。だあぁぁあ。マジで破産寸前です。なのに本を買ってしまう僕を誰か止めてください。古本屋怖いよぅ。

今日はそれ以上とくに書くこともないから、珍しく写真でも。 僕の愛機バルバリシアと大理石の机。

02.03.07
ということで早速ジムに申し込みをして運動してきました。よくテレビや広告に出てるようなマシンでがちゃこんがちゃこんしながら運動するなんて初めてなので最初は少し緊張しちゃったけど、意外に楽しいね。外を走るのが好きな人とかは、こんな押し込められたところで人工的な運動をしてなにが楽しいのかって言うかもしれないけど、これはこれで面白いと思う。それに、やっぱそれなりに作られてるだけあって負荷のかかりかたが自分でやってるときとぜんぜん違う。部屋で腕立て伏せを 30回やるよりもマシンで3セットするほうが、同じ努力なのにかなり「くる」。本当に内側から燃料を燃やしてるって実感があるね。家での運動も続けるつもりだけど、ジムも通う予定。トレーナのお兄さんに食生活の相談をしたんだけど、たんぱく質を安く取るには鶏の胸肉とかがいいらしい。別にムキムキになりたいわけじゃないんだけど、やっぱ少しくらい筋肉ついてたって悪くないと思うしね。それとは別にプロテインを薦められた。でも、僕的にはそれはなんかなあって感じだな。だってさ、プロテインって「筋肉になりやすいもの」っていうより「筋肉にするためのもの」ってことでしょ?そういうのって不自然だと思うし、ただ体を鍛えたいだけの僕にとっては不要だなあと思う。これは食生活一般に言えることだけどさ、僕は健康的な食生活を送っているけど、あくまで「ついでに健康によい」ものを食べてるつもり。最初から健康によいものを求めるなんてなんか変な気がするからね。だから、僕が玄米フレーク食べるのもヨーグルト食べるのも野菜ジュース飲むのも、みんな好きだからだよ。実際ステーキより付け合せのサラダのほうが好きだったりするしね。まあ程度の問題なんだろうけどさ。
この前ある小説家が好きっていう女の子と会ってデートをしました。その彼女を僕は「女であり、友達である」というよりは「友達であり、女である」と捉えてるんだよね。人生が恋愛に 100%基づいていて(僕は女の子が絡んでないのに勉強することはできないし、生きてもいけない)、女の子と友達になるときは少なからずその可能性を考慮している僕にとってはかなり珍しいことだ。まあ大学生してりゃたまには女の子とデートすることもなくはないので普通にお茶したりくらいはしてるわけだけど、最近はその先の恋愛という可能性を考えずにその場を共有して話をするってことを楽しむって感じになってきたな。枯れてきたのか?(笑 いや、大人の余裕ってやつですよ、余裕。それに好きな女の子はいるんだから他で恋愛する必要もないわけだしね。いや、当たり前のことなんだけど、僕にとっちゃこんな考え方するなんてかなりの変革なんすよ。で、とにかくその女の子はある小説家のファンだということ。僕もその小説家は結構、というかかなり好きだからいろいろ話をしたわけさ。その小説家は苦しい恋愛小説を書くので、彼女は「奥さんは旦那のその小説を読んでなにも思わないのか?」と疑問だったらしい。ところがどうやらその小説家の奥さんは旦那の小説を読んでないらしいのである。まあそりゃそういうのもありだと思う。僕だって自分の彼女が死体洗いをしてたら、いくら彼女がその仕事を愛しててもあまりじっくり話を聞きたいとは思わない。でも、もしも僕がその小説家の立場だったら寂しいと思うなあ。この先いつか僕も小説を書くかもしれないけどさ(可能性はないとは言えない)、売れるとか売れないとか、人気が出るとか人気が出ないとか、そんなのは関係ないとは言わないまでも二の次だと思う。それよりも自分の一番そばにいる人に読んでもらうほうが断然幸せでしょ。というかむしろ彼女に読んでもらうために書くし。100万通のファンレターより君の「面白かった」の一言が聞きたくて僕はいつか小説を書くだろう。

ジュリア・ロバーツ主演の「エリン・ブロコビッチ」を見ました。一人で酒飲みながら映画見るのって味気ねーなー(笑 とにかく今年は 50本映画を見ようと決めたのです。で、この映画ストーリー自体は面白かったんだけど、主人公のエリンって女に最後まで共感できなかったな。これは男でも女でもどっちにしろ、僕は単なる根性論的でヒステリックな奴が大嫌いだからね(しっかし、世界中のどこにヒステリックでない女がいるというんだ?)。しかも問題はそういう女は大嫌いだが必ずしも憎悪の対象であるわけではない、ということだ。そういう男はもう絶対近寄りたくないんだけど。むかつくしもうちょっと頭使えよこの野郎(野郎じゃないか)、と言いたいんだけど、結局のところそれでどうなるってわけでもないしね。僕はまあ人類学やら哲学なんて「ものの見方を広げるための学問」をやってるから多少人より幅広く物事を考えられるからね、それをそんな学問に興味がない人間に押し当てて判断すればどうしても視界の狭さが際立って見えてしまうだけで。でもそう見えてしまう僕自身の視界の狭さもいつも気をつけていよう。僕らはいつも自分の価値基準でしか物事を語ることはできない。だから、人になにかを言うときそれはいつも押し付けである。ただ、それを自覚していなくちゃいけないよね。食人習慣を止めさせるのは西洋世界観に基づいた押し付けだけど、押し付けであることを自覚しつつも止めさせなくてはいけない。それが世界だから。人の数だけ世界があって、その世界は固有の権利を有してる。でもだからといって何もかもが許されているわけじゃない。世界と世界の接点では妥協が存在し、ときには自分の生き方を曲げなくちゃいけない場合もあるだろう。そして、それが相手の固有の権利だとわかっていてもそこに踏み込み、僕の世界観を押し付けなくちゃいけないときもある。何のために?僕と、君の未来のために。

02.03.06
本日成績の交付がありました。 42単位でフル単ゲットです。や、ウエブ日記なんて書いてる人間のくせにこんな成績とってていいのでしょうか?しかもAが一番多くてBが2番目、Cが少しという、中の上くらいではあるな。このまま順調に行けば卒業も楽勝だ。哲学とフラ語がCという納得のいかない評価ではあるが。ということで2年次からの専修(いわゆる学科のようなもの)は倍率が高く一番人気のある人文専修に決定(心理のほうが人気あるのかな?)。ヤッタネ。ここの専修は必修がほとんどなく、ほぼすべての単位を自分で選ぶことができるので、これで心置きなく遊ぶことができます(笑 去年は授業多すぎて打ち込めなかったしね、今年は少ない授業に力を入れて、残りでバイトや趣味をこなすのさ。恋愛も勉強も全力でするのは楽しいですな。結果はまた結果で別問題。愛してるということや、好きな人がいるということ、それ自体が楽しくて僕の生活を彩ってくれる。きっといつか、なんて考えながら夜の隙間に落ちてゆくのもわるかないしね。
現在机の上に未読の本が 30冊ほど蓄積されております。しかも分厚いハードカバーやはたまた洋書なんかもある。読むより速いペースで本買ってりゃ当たり前だよなー。端から読み始めるよりも先に速読の本を買ってこようかと思ってます(笑 この前アリマのバカチンコと話してたんだけど、人生には生きるってことと本を読むってことの二つが必要だと思うんだよね。アリマは生きてきたけど本をあまり読まない。僕は、どちらかと言えば生きてきたつもりだけど、知識先行だったと思う。でもその両輪がそろうことで僕らは大人として次へ進めるようになる。だからこれから僕らは自分に足りないところを伸ばそうと思ってる。生きて生きて生きて、読んで読んで読んで、愛し愛し愛す。それが僕らのリアル・ワールド。君だってきっと気に入るはずさ。

午後に学校でアリマとカミノとケンに会った。全員クランベリーボックスの初期メンバです。いろいろとこれからの打ち合わせをして、今度の日曜僕の部屋で飲み会になったので(笑)、そのことを決めたりもする。あの部屋に 9人入るのは非常に無理があると思うのだけれど、学生さんは貧乏なのだから仕方がない。なんとかならぁな(最近の口癖)。なんとか半数は女になったし言うことナッチー(茄子、とかナッシングじゃつまらないでしょ?)。そのあとこれからの活動場所を決めるために学生会館に行ったんだけど、いろいろ回ってみたら意外とスポットみたいなところがあって楽しかった。屋上に近いところにあるリラックスラウンジなんてすげーわかりにくいところにあるから誰も使わないだろうし、とっても景色がよい。あんなところ彼女と二人でいられたらとっても幸せだろうなー。それとか、地下にあるアスレティックジムは年会費1000円で使い放題みたい。すごくない?エアロバイクとかもみんなあったし。絶対入会して毎日使おうと思っています。ただし、使う前にそこで運動してても恥ずかしくないくらいの体にしないとな(笑 2年次は体育も取ろうと思ってる。もうなんだか体がムズムズしてるんだよね。この、生の律動、ビートが僕の奥底から沸きあがってくる。もっともっと動いて、もっともっと君を愛したい。

ダンサーインザダークは、本当は何度も見るつもりで借りてきたんだけど、見れない。ディスクを入れて見始めてもすぐにもうだめだ、と思って止めてしまう。一回目通して見れたのが不思議なくらい。僕はヒューマニティの根源に関わることに実は打たれ弱いんだよね。夜と霧というナチス関連のドキュメンタリ映画もそうだし、初めて裸足のゲンを読んだとき(小学校1年の夏、ざりがに学園の部屋の片隅に置いてあったあの破れかかった黄色い表紙、ロッカーにもたれながら読む僕の隣で国語の教科書を読んでて僕に漢字の読みを聞く牛田さん(僕の初恋の人だ)、すべてがリアルでヴィヴィッドに今もここにある)に感じたあの脳の中にある喉の渇き。そう、脳で喉が乾く。多分答えなんてない。でも、ここで立ち止まったらそれで終わり。もう少ししたら目をそらさないで戦うから。今はここで眠らせて。君を愛していることに浸らせて、、、、