Wednesday, January 30, 2002

extra('02 01)

No Reason
ココロが乾いてる















FINAL UP DATE : Do androids dream of electric sheep?
We - and that means all living things - are survival machines programmed to progate the digital database that did the programming. (Richard Dawkins)

どうやらこのHPのあるサーヴァは2月から有料になるみたいなので、今日が最終更新になるかもしれません。僕自身としてはインターネットを完全に止めるつもりはないし、HPもまたいつか再開しようとは思っていますが、ちょうど良いタイミングなので一旦区切りにしようかと思うのです。けじめをつけるのは誰にとっても大事ですが、特に僕のような自堕落な人間は特にはっきり前もってけじめをつけておかないと何もできなくなってしまうのです。

僕のことを以前から知っている人がいたらね、僕が無神論者だということも知ってるかもしれないね。ただ「無信心」なのではなく、「論者」だから積極的に否定してきたし。神にすがるのは一人で生きていけない人間の弱さだと思ってたんだ。確かに弱さなのかもしれないけどさ。でもね、人間は誰か、愛する者と一緒に生きることで強くなれるんだし、その意味じゃプラトンの半球のように人間は男と女で一つなのかな、なんて思う。僕は神を否定してきたんだよね。僕は一人で生きようと思ってきたわけさ。それに一人で生きられるとも思ってきた。ところがさ、木々の息吹き、人々の笑い声、街のざわめきが僕に教えてくれたんだ。僕は一人で生きてきたわけじゃないんだし、人との連帯こそが僕を僕にしてくれたのかなあなんて。誰にも愛されないことは人間にとって最も寂しいことだし、愛する者がいないことは人間にとって最も悲しいことなんだ。嘘だと思うかい?

僕は今、神を求めているのかもしれない。祈るべき神がいないことはつらいことだし、告白できないことは苦しいこと。救われたいわけではない。逃れたいわけではない。しかしたとえ棘の道を歩こうとする者であってもね、闇を進むことはできないだろ? どうか、罪深き僕たちに、光を。

彼女とは別れることになった。その悲しみで回心しようと思っているわけではないんだけど、影響は必ずあるだろうね。僕に人と一緒に生きるということの意味を教えてくれたのは彼女だし、何に対しても斜に構えてしか見れなかった僕に、ぶつかる勇気を教えてくれたのは彼女だった。でも今は向かう先が見えないでいるような感じ。僕たちは、なんのために生きているのだろうか。どうか、迷える僕たちに、標を。

僕は答のない道を行こうとしているのかな。でも、広がる風景が荒野であったとしても、不毛だとは思わないんだ。だって、僕たちが歩こうとすること、それこそが豊穣であり、歩く力は神の与え給うた祝福なんだって思えるからね。だからさ、別れは、悲しいものではないと思う。また次会うときを楽しみにして生きていくことができるんだから。こんなときのセリフはやっぱり Good-by (God be with ye/汝、神とともにあらんことを)。

彼女と別れた原因はいくつかあるんだけどさ、大きいのは僕が熱くなりすぎたってことかな?(笑 なにせ、家庭教師先で生徒に面と向かって「君が勉強するのは親のためでも先生のためでもない。君が君の未来を君の手で掴むためにやるんだああぁぁ!!」なんて真顔で言うような人間だし(笑 でも本気で彼女には感謝してる。なにがって、恋愛不全症候群でもうなんでもいいやって思ってた僕に、人を心から愛するってことがどれだけ素晴らしいことかって教えてくれたんだからね。だからさ、その想いが強くなりすぎて彼女に拒否反応を起こさせてしまったことは、悲しくはあるけど、後悔はしてない。やっぱ僕に洒落た恋愛は無理なんだと思う。それよりはさ、全力全開心臓爆発血液沸騰のギリギリ限界で愛したいね。そして、そうしたことを誇りに思う。そりゃもちろん至らなくて彼女を傷つけてしまったことも多々あったけど。ごめん。

きっと彼女も僕もさ、すげー子供で、お互い何もわかってないんだと感じる。だけどさ、彼女って外殻は硬くても実際はとってもナイーヴでさ、本当に壊れちゃいそうな危うさがあると思うんだ。僕は最後に、彼女に辛く言っちゃったわけだけど、それが一つのきっかけで彼女の何かをほんのわずかでも変えることができたのならマジで満足。付き合ってきたかいがあったと思える。もちろんそりゃ今でも好きなわけだから、僕がそれほどまでに想ってることをわかってほしい、なんて利己的遺伝子的な要素がないわけじゃないけどさ、本当に僕のことどうこうよりも彼女が生きる強さを持つようになってくれることのほうが断然ダントツ100倍大事。そのためだった逆立ちして裸で町内一周だってしちゃいたいくらいだよ(でも逆立ちできないんだよな、残念)。

おこがましいとは思うんだけどさ。誰かが誰かを助けてあげるだなんて。でも今の僕は本当に本当に心から人を、人間を、愛して、救ってあげたいんだ。人をさ、がむしゃらに好きになって愛したことってある? 悲しいことや辛いこともいっぱいあるけどすっごく楽しいよ。別れてしまったって、その悲しみで泣く涙の量よりも思い出で湧き上がってくる微笑のほうが多いんだもん。別れた今だって彼女を愛してるし、今だったら世界中の人間に愛してるって言えるね。今この瞬間神様にあなたよりも人間のほうが好きですって言ったってきっと神様も片目つむって見逃してくれるはずさ。ああ、本当に今回の恋愛は、まだまだ終結じゃないと信じたい部分はあるけど、人生最大に幸せで人生最高に楽しいものだったと思う。そう、それが精神の財宝。彼女にだけでなく、今まで出会った全ての人に感謝してるしこれから出会う人みんな大好き(笑

そして最後に、中学校の卒業アルバムに書いてあった僕の言葉を。

もしも僕が桜の木なら、世界中の空に花びらを降らせながら枯れてゆきたい 沖野真人

そしてそして....

I wish you many happy returns of the day!!
(祝福のこの日、幾度となく巡らんことを)






つい先日家の近くに新しいカフェができた・僕は大のコーヒー党なのだが、今までは軽く入れるスタンドカフェが歩いて15分くらいの駅前まで行かないとなかったのでご無沙汰してたのだ・しかし今度の店は徒歩5分、構えもなかなかよさげである・大学の授業もあらかた終わり、残るテストも特に困ってもいない僕はバイトも家庭教師一本なので昼過ぎが暇である・適当な時間に起きてブランチをとった後、散歩がてらカフェを目指す・大学があるときはなかなか忙しくてそんな余裕もないが、こうしてのんびり歩いてみるとこの通りも悪くないし、古本屋で立ち止まってみたり小物屋を物色したりと楽しくもあり、少し肌寒いはずの如月の風も心地よいくらいである・ゆっくりとした時間、晴れ渡る空、前を歩く夫婦と赤ん坊の笑顔ってのはどうも人を穏やかな気持ちにさせる効果があるみたいだ・少し遠回りをしたあとたどり着いたカフェで、ブレンドコーヒーを頼む・開店したばかりだからということもあろうが店員のはきはきした態度や笑顔もまた僕の心をなごませる・美味しいコーヒーと、部屋に転がっていた読みさしの本と、窓の向こうに見える陽射しの煌き・きっと僕は、いつか扉が開いて、君が入ってくるのを待ってここに来続けるんだろうなあ、と思う・そんな一日

何もかも飲み込んで 僕は眠る


Here is Ecclesiastes for someone like me. She's my talisman.

今日一日で三回「Geschite」という単語を目にする。ドイツ語だが、決して有名な語ではないだろう。意味は、歴史、に近い。近いだけであってヒストリーの歴史と一緒ではないようだ。しかも不思議なことに三つが三つ違う本で見つけたのだ。言語学、神学、カント哲学の三冊である。話は飛ぶが、私は、人文研究とはランダムな情報の中に円環を見出す作業だと思っている。つまり、こういった円環に巡り合う瞬間のために私は研究をしていると言ってよい。

インターネット上で自ら公言するのは初めてであるが、私は何を隠そう喫煙家である。中三のときからだからけっこう長いかもしれない。しかしながらヘビースモーカーではない。それどころか、タールが3mgとか1mgのメンソールを吸うのだからライトスモーカーとさえ言えるだろう。しかも最近はそれに輪をかけ、一本のタバコを途中で消して三回に分けて吸う、なんて愛煙家から見たら馬鹿かと思うような吸い方をしている。しかしそのお陰で自然と一週間に一箱くらいしか吸わなくなった。ところがである。私は数日前から禁煙してみているのだが、それでもやはりタバコを吸いたくなるのだ。食事をしたりお茶を飲んだり、本などを開いていると無性に吸いたくなって少しイライラする。一日にタール換算で10mgも吸っていない人間が禁煙しただけでこうなのである。いわんや、平均的な喫煙家は一日50mg以上になっているだろう、なぜ止められないのか察しようというものだ。

それはタバコがどれだけ中毒性の強い薬物であるのかを身をもって教えてくれている。愛煙家がタバコを止められないのは当然なのだ。特に、自分の思考の流れを追うとその理由がよくわかる。禁煙のはじめ頃、なにかと理由をつけてタバコを買いに行ってしまいそうになるのだ。この「理由付け」が重要である。ニコチン中毒は、その薬物作用によって身体を支配するだけでなく精神にさえ働きかけ、意識を誘導し、ついには意思を曲げさせるに至る。であるからして、私は世のタバコを止められない方々を非難しようとは思わない。タバコの中毒はそれほどまでに強い。だが、自身のこととは別である。私は実は「精神は肉体を凌駕する」を信じている。己の意思力を追求してゆけば必ずや身体を超えよう。そう思う以上私はニコチンに汚染された身体に踊らされるわけにはいかない。私は精神をもってして身体を従えるのである。

ところで直接生物学的に働きかけるわけではないが、ある意味ニコチンと同様の働きを持つものが世の中にはある。それは金である。もちろん金は経済上の非常に便利な道具であり、なくてはならないものだ。だが一度その魅力を知った人間はまずもってして戻ってくることはない。人間にエントロピー増大の法則が当てはまるとしたらまさにこれであろう。一度知った贅沢を自らの意思で手放せる人間なぞ皆無に等しい。その証拠は至るところに見受けられるが、マクロ的には日本国家の国債などが面白い例であろう。借金まみれの状態にあるこの国家組織で、国債を発行しつづけるのは考えてみれば誰でも気がつく自殺行為なのだが、それでも減らそうとはしない。それも仕方ないことなのかもしれない。隣人が借金にあえいで借金の返済にまた借金をするのを愚と見る人間も、飢えで死にゆく人々に奉仕する人間も、自らの生活レヴェルを下げて国の借金を返したり、家を売って彼らの生活を助けようとは思わないのだから。だが、本当にそれでいいのだろか? 私たちが人間であるのは意思力を持つ限りにおいてである。現在の生活水準に固執するあまり私たちは未来を手放していないだろうか? それを変えてゆく意思力を私たちは持たなくてはならない。全ての動物は与えられた快楽に溺れる。しかし快楽から自ら出てゆける可能性を持つのは人間のみなのである。


葛藤 言うか言うまいか 壊れてしまうくらいならいっそ壊そうか 壊してしまうならいっそ消えようか No Answer 限界ギリギリで

Quando verra il giorno
in cui mi vedrai morta,
pallida e sorridente, coi piedi rivolti alxxx
di a tuo padre:
<babbo, e stata uccisa dal tuo amore
Quando mi cullava
mamma mi raccomandava di dirti qxxxx>>


結局のところ僕らが生きていくってことは希望にあふれてるってわけじゃなくてでもなにか達観して受諾するってわけでもなくつまるところ、この辺かなって感覚がどこからか降ってくることだと思う。言葉ヅラだと達観に似てるけどさ、そういうのとちょっと違ってけっこうイイ感じだしワザワザ失うのっていやじゃん?ってことなのかな。だからさ、黙ってりゃそれでなにもかもO.K.なのかもしんないけどさ、本当にそれでいいの?って心のどこかで引っ掛かってて不意をついて浮き上がってきて声にしてしまいそう。お互いがお互いを、なんて等価は幻想だったりして。そうはいってもね、君の、スタイルは、どこか遠い。近視眼的世界観を空間的にも時間的にも拡大すべきなんだろうね。


そう すべては架空の罪業で 幕を開けた (罠/Laputa)


モノローグ ここ
モノトーン ここ
モノドラマ ここ
モノクローム ここ
モノグラム 組字
モノラル ここ
モノガミー 希望
モノグラフ 僕
モノクル ここ
モノマニア 僕


Il nous arrive de passer deux semaines sans nous voir, et chacun se reserve d'importants espaces de vie dans lesquels l'autre n'a rien a voir. Assise au soleil sur son balcon elle n'a aucun besoin de moi.
日常が硬直しているのか自身が硬直しているのかそれともそれらは相対的観念にすぎないのかなんだかわかんないけどドアを開ける瞬間、エレベータから降りてふと前を見た瞬間に僕を襲うこの虚無感はなんなんだろう? 平たく言えば何のために生きてるのかわかんないってカンジの目的喪失症候群でもありもうちょっとありていに言えば何のために生きてきたのかわかんないって感じのアイデンティティ崩壊って奴? つまんないことばかりの世の中で面白くやってこうと思ったら体くねらせて飛んできたいって気持ちもわかんなかないけど君はそれでどこへ行こうとしてるんだい? 疑問だらけで口をあけたら君へのクエスチョンマークがじゃらじゃらじゃらって溢れてきそうで仕方なく黙ってたら僕は一人で窓を空けてお星様にお願いいつか君に会えたら言おう それが願いだったと


Wenn man zu viele Moglichkeiten hat, macht man gar nichts.
ファッキンナイトに胸を躍らせパッキンガールに腕を絡ませ月のない空星が降ってて君はどこかで腰を振っててタバコの吸殻舌に押し付け割れた鏡に写った君は何人? 僕はもういない


火葬場に落ちてた銀の靴を拾った王子様は鐘の耳鳴りが止まなくって自殺寸前ノイローゼお姫様の子宮を引き摺り出して 震える指先高鳴る鼓動歪む世界の鏡の中で僕は僕に向かって12時を告げる お前は誰だ? 魔法が解けてしまえば君を待っているのは終電ギリギリ閉じた傷から溢れ出すどす黒い欲望もう二度と戻れないのかもしれないという不安と焦燥でもそれも一緒に解けていってしまったのだろう僕はもう夢を見ることはない それも横に眠るこの眼球のない人形が少し階段を昇るために必要だった犠牲でもあり自分自身のため 求められた僕は求めた僕と違う僕信じていた未来は信じられた未来と違うみたい望まれた君は望んだ僕から消えてゆく ああそれならば僕はなぜここにいて夢をみなくなり真実に覚醒した網膜はそれでもなお幻想に迷っているのか 黒い森を歩き始めた僕はパンを撒かずに君に捲かれて一人佇み朽ちてゆくように空を見上げて遠い咆哮が僕に孤独を知らせて葉に埋もれてゆく 遠い君よ 僕の声が聞こえるだろうか 僕は今でも


誰彼構わないでゴミ箱蹴散らして進んだこの道ももうデッドエンドで行き当たりばったりのセーヴゼロの生き方に君はもうリミットゼロ? かなぐり捨てた中心核もそれでなんとかなるって予感がしてたからなんだけど最近ちょっとばかしわかってきたのは僕の予感は当たらないってこと 笑っちゃうよねそれでなろうとする自分になれると思ってたんだから 夢見心地で信じた言葉とクラインの壺が交錯する平面空間で踊る君と躯に纏わりついた長ったらしい意図に踊らされてる僕と 選択可能な与えられた自由が本来の自由を制限していることには自覚的でそれでもなお僕は断定的択一を自己決定することを忌避してパス一なのさ 恐れるってことの意味を少し横にずらしてみたら心臓から出てる血管に君の顔が絡まって僕は窒息寸前チアノーゼ冷たい指で眉をなぞる 瞬間12分割で見た事実の重みと脳漿の淀みが精神的空間に収斂していく感覚はけっこう久しぶりだけど今までに何度も味わってきたあのクロガネの冷たさ、苦さ、鋭さと同じでまた僕を刺す そう 君へ 名前のない人形は世界内に存在しない 瞳を閉じれば ここは? 胎内

そろそろ時期的に日が高くなってきたのか冬の間前の家に隠されていた太陽が日中部屋に差し込むようになってきた 戸棚に並んだモスのSUNマグカップを使う人間はもうここにいないのに Stay here, Rock'n'roll golden time is coming soon


夜歩きながらタバコをふかして空を見上げたときに写る風景はいつも歪んでいる いつも? そう帰り道ならいつもディストーション全開でひび割れた僕の声は君には届かない なにが僕をそうさせるのかわからないくらい突き上げてくる感情の衝動といびつな右の眼孔が軋む躯を蠕動させる 意味のない歌声が喉の奥にある邪魔っ気な言葉を掻き毟ってさ むしろ願いは何時の間にか消え失せて僕は何処か土へ伏せて天上を流れる今だけが君の元へと迷い込ますのだろうか ちっちゃな壜と、赤い赤い

本当に? その律動するイマージュを僕は何に託して? アラユル可能性は君の小脳にある未完成な外殻を満たすだろうけどそれなら僕は無性に夜を、夜を、生きる 爛れた右手の上っ面と軽くなった左手の所在無さが僕に告げているんじゃあないのかい でもそれでも僕はそれでも僕はでも言うのか 誰もなにも彼は今もきっと君のずっと向こうの丘でああ

ほらもうそろそろおめめの開く時間だよ その唇を動かして伝えてごらん 君が、何を生きるのか 僕は君を生きる No Reason okino-mahito



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