Wednesday, February 21, 2001

ログ28('01 02/20~02/28)

02/28(wed) チェスの王者

○朝、6:30に目を覚ます。コーヒーを飲みながら読書開始。シャノンの人工知能における情報処理についての関連項目をざっと読む。7:30、軽い朝食のため階下へ。久しぶりに新聞を開いてみる。シャノン、死去。多少偶然性以外の何かを感じる。

02/27(tue) 法とオートポイエーシス

○23日に書いた法の現実面と論理の矛盾、というはなしだけど、今日の朝ある本を読んでいてそれはルーマンという人が既に述べているということを知った。法はシステムとしては自己完結的であるけれど、その体系は環境、つまり政治的状況などに左右される、しかし環境は体系自体に影響を及ぼすものではない、ということらしい。そしてそのもともとの<体系>と称される概念は生物の定義として始まったオートポイエーシスからきてるそうな。僕は「方の論理と実用」と「オートポイエーシス」の両方について考えたことがあった。しかし両者の接点には気がつかなかった。これは僕の限界点を示しているのだろうか。それともルーマンは法学者で、僕は言語学だから、と言い訳してもいいのだろうか。

○どちらにしても、勉強するということの真骨頂はこういう転回を味わえる、というところにあるといっていいだろうね。たまたまこの本を読まなかったら僕は法とオートポイエーシスの結びつきを知らなかったわけだ。そして今も僕の中で使われずに眠っているマテリアルがある。まだまだこの興奮が味わえる。そう考えると、勉強せずにはいられない。スタディーイングジャンキーってのはこういう人間のことです。

○さて、やっと春からの活動拠点が確定しましたね。広末とキャンパスは違うわけですが、彼女が好きなわけではないので関係ない。森はちょっと嫌いですが、彼もキャンパスが違うところだったのであまり関係がない。明日の朝東京へ家捜しへ。漢字違うか?しかし僕は今日「譲る」が漢字で書けなくて困った。それでもいいんです(はしょりすぎ)。

02/26(mon)

○久しぶりに明菜から電話があった。今度会うことになった。が、今度会うと言いつつもう3年以上会っていない。本当に友人なのだろうか?と、つっこみをいれたくなってしまう。今回は俺も会う気だし多分会うと思うけどね。しっかし、会って何を話すことがあるのだろう?ほとんど共通点ないのに。あ、音楽が少しあうか。「今度センチュリーホール行くんだけど」って言うから「どうせマリリン・マンソンだろ」って答えたらビンゴだった。わかりやすい奴。相変わらずイカレタ服装してくるのかなあ。

02/25(sun) 進化する想像種

現実とはなにか。我々はそこにいかなる夢を見つけ希望を抱くというのか。認識において(は)現実は形而上/的観念へと変換され我々は、、、、それでも現実を求める。いいや、それは理想か。そう、現実は観念であり、その認識から始まる a set of 世界は無限の相対化へと繋がっていく。我々は、孤独だ。私は、誰?相対化相対化相対化。流れゆく流れと現実と。身体を超えたい。その先にはなにがある?きっと、輪郭のないピエタ(だったら笑っちゃえよ)。認識とは形而上学的存在を価値観の名において現実にする栄光のシステム。反省(come back!)を持ち、現実の虚構性を捉え、事象そのものへ。

 現実は裏切るもので判断さえ 誤るからねそこにある価値は
 その目でちゃんと見極めていてね 自分のものさしで (ayumi hamasaki)

02/24(sat) ゲーリークーパーって誰だっけ?

○親父と、「ゴミ処理場の横に引っ越してきた人間に、匂いを出さないように求める権利はあるか」について議論する。さすが古い人間だけあって「ない」と言い張る。一回公衆の面前で言ってみろよ。人間の自然権と社会権利の成立、その無根拠性などから始めて延々説明したが同意は得られなかった。「お前の考え方は普通の人とは違う」と言われたので「失礼なこと言うな。まるで普通の人が考えてるみたいじゃないか」と言い返したら激怒してました。やっぱ俺って性格悪いですか?

They (ordinary people) may know what it is to have their own right to this or that denied or ignored by others. But what exactly is that is being violated or wrongly denied? Is it something you acquire or something you inherit at birth? (東大) 東大京大志望なら一瞬で解いて欲しいレヴェル。だが一般にはやや難解か。英文に慣れていれば意味はすぐにとれるが、意味がとれることと訳ができることは別問題だと考えるべき。文構造はイングリッシュネイティヴでも(こそ)わからないことがある。

○こちらはある高校生向け参考書からの誤訳例。

Japan has been rightly described as the “land of onsen.”
日本はその名にふさわしく「温泉の国」といわれてきた。

目立った間違いではないけれど、この訳だと「その」が「日本」をさすことになってしまい、日本という名は温泉を意味していることになる。多分 rightly の訳に苦心した結果だと思われるが、ここでは「~の国と言われてきたが、まさにそれにふさわしい」や、ややぎこちないが「ふさわしくも~の国といわれてきた」などがよいと思われる。

受験参考書に時折「代名詞は訳出せよ」と書いてあることがあるけど、それは言い過ぎだな。あくまでも訳は日本語の流れから考えるべきであって、やたら長ったらしい主語は不必要に読みにくくさせるだけだと思う。 they の指示語が非人物である可能性も考えずに「彼ら」と訳すのは英語慣れしていない証拠だけど、だからといって前に出てきたものを丸ごと約すのも考えもの。「代名詞の指示語を明示して訳せ」となっていない限り「彼ら、それら」などを使ったり、テクがあるなら簡単な要約程度で十分だろう(某国立大学教師から5文字くらいまでがいいということを聞いた)。それから、訳の中に代名詞を使った場合は上記の誤訳例みたいにならないように必ず指示語が正しく自分の意図する語にかかっているかを確かめよう。例えば

Because they are twenty, Mary and her friends are allowed to drink.

なんて文があると「彼女達は二十歳だからメアリと彼女の友達はお酒を飲んでもいい」なんて訳す人がけっこういるんだけど、「訳す」というのは「日本語にする」ということだから単に語を置きかえるだけではなく全体の流れを読まなければノーグッド。もちろんこの場合は「メアリと彼女の友達は~だから彼女達は~てもいい」とするのが正解。こういうことって自然と身に付いちゃうことが多いから、参考書なんかにも書かれていない。なのに減点対象、というもの。こういうどこにも書かれていない減点対象ってけっこうあるんだよね。それに引っかからないためにはどうすればいいか。残念ながら数こなす以外に有効な手はないのですね。やーい。

で、以上のことは受験的な要素から英語を考えた場合の話であって、実際に英語ができることとはレイヤが違うんですね。わかってると思いますが、文句をつけられないように書いときます。言語学的に言い始めたら What are you doing now? も訳せないしねゥ

02/23(fri) ナマステってなんのことだっけ?

○アメリカの司法制度に司法取引ってあるじゃん。俺、あの制度が今まで大嫌いだったんだけど、最近はあれが法の現実ではないかと思うようになったな。法の論理性に目を向けるならば司法取引は法からの逸脱といえるけれど、多分法は論理的ではない。法はその存在形式としては論理性を備えているんだけど、その目的として現実世界に適用され、その瞬間に論理から堕落する。つまり法は論理的であろうとするが論理的であることができない背反した存在なのだと思う。だから論理的思考のみを尊ぶ俺みたいな人間の考えは世間一般から外れて行くことになるんだし。その限りにおいては司法取引は法の現実面の実現だとも言えるのではないかと。

○でもやっぱり陪審員制だけは納得できないな。あれはアメリカの開拓という歴史に則って行なわれているものであって、決して合理的だからやってるわけじゃないだろ。矛盾点もどんどんでてきてるし。それを勘違いして(というわけでもないんだけど)日本でもやろうなんて誰が言い出したんだ(お前だ、佐藤幸治!)。司法試験もバカが増えるんじゃないかって心配されてるくらいなのにみすみす裁判にばかを増やしてどうするのよ。俺が中学生のときは佐藤もけっこういいこと書く人だと思ってたんだけどなあ。

○しかし私は法哲に興味はあるけれど実際(reality)に関与するとロクなことがないのでやめとこっと。そのためにこうして隔絶されたところにこもってるんだしね。

Law functions as a means of directng and imposing restraints upon human activities and it must therefore seem something of a paradox that the idea of freedom can be embodied in the law. (明治) けっこうややこしい。これがきっちり訳せたら偏差値60以上。どこが難しいのかわからない人は65以上。

02/22(thu) 今から でかけよう 窓から 飛び出して

○大須でSonyのMDLP対応のポータブルMDレコーダと指向性マイクを購入。これで講義を全部録音できる。家に帰ってからカスタマサーヴィスに電話して、MDデータをパソコンに取り込んで保存するデヴァイスはあるか聞いてみたがどうもないようだ。できるパソコンがあったら買おうかと思ったのに。と言っておいた。

○この前9ヶ月ぶりにネットをして書きこんだ言葉が「現実が現実になったとき現実はその虚構性を明らかにする」。ネットを止める前の最後の日記に書いたのが「現実を指して現実的であると言うならば現実と言う言葉の対象とした現実は現実と言うラベルを失い現実であることをやめてしまう」だって。ここまであからさまに自分が成長してないことを見せつけられると愕然とするね。

現象学はいかにしてはじまるべきなのか。それはいかにして可能なのか。わたしは判断をくだすべきであり、しかも客観的に妥当な判断をくだし、純粋な現象を学問的に認識すべきであろう。が、すべての学問はそれ自体として存在する客観性の確定へとむかい、かくて、超越物へとむかうのではないか。 E.フッサール―現象学の理念―

02/21(wed)

○普通人って幸せになりたいものなんですか?僕はあんまりそう思わないけどなあ。苦痛、絶望、恐怖、それこそが人生の根源だと思う。だから僕はいつもそれを求めてるし。幸せで緩んだ思考に溺れたくはない。それよりは限界ギリギリの思考の極限に身を置いて向こう側へ行こう。特異点において現れる事象としての言語を掴みとり、自己の存在を消去する。世界の相対化を進めて心理的特異点(<私>)を超えてゆく。だから、僕はここで、君は向こうで、スタイリッシュフューチャー。

○人生最大の大掃除。小学校から溜め込んできた教科書とかプリントまで処分したので物凄い量になった。人間が生きていく上で取得する情報量を垣間見たようで意味もなく少し感動。それとそのうちのどれだけがゴミなのか、ということにも。

You learn to be authentic, to be honest in the sense of allowing your behavior and your speech to be the true and spontaneous expressions of your inner feelings. Authenticity is the reduction of phoniness toward the zero point. (Abraham H. Maslow)

02/20(tue)

○田中克彦の「ことばと国家」読了。まあ、内容は当然の内容。ただし私が肯定する本は珍しいので、つまりは一般に照らし合わせてみれば前進的に近い、ということになる。読んでいて面白いと思ったのは、言語学者はずっと前から「正しい日本語など存在しない」と言いつづけているのに、その意見はまったく無視されているんだな、ということ。理系の物理学や化学などはもちろん政治学でも経済学でも専門家の考えが無視されて感覚で議論されているものなんてそんなにあると思わないが、言語については言語学者の思想は反映されてないんだよね。それは単に言語学の知名度の問題だけではないと思う。つまり、僕らは全員言葉を話すこと、理解することができるよね(できなかったらこの文が読めないし)。そして日本語についてはかなりの程度で流暢に話すことができる。その意味では僕らは日本語の専門家といえるような立場に見かけ上いるわけさ。なのに、そこに言語学者がしゃしゃり出てきて「それは素人考えだね、私達に任せたまえ」なんてことになると、言語の立脚点である庶民から言語についての権利が失われてしまう。そうすると、言葉は個人を集団に位置付ける根源であるから、それに対する権利の喪失はアイデンティティの崩壊に繋がる危険性を孕むことになる。そこに人々が言語学者を言語エリートとみなし無視しようという原因があるのではないかなあ、と僕なんかは思ったりなんかしちゃったりして。 

○ただ、それでも僕はやっぱり、自分が言語を専門にしてるせいもあるかもしれないけど、簡単に言葉のことを語られるとむかちんしちゃうんだよね。言葉は、例え一流の言語学者達にであっても、決して独占的に議論されてはいけなくて、 オープンに開かれてる ものじゃなくちゃあいけないものではあるけれど、それでもやはりあんま言葉について考えたこともない人間が印象で「言葉が乱れてる」なんて語るのは害悪でしかない。経済について考えたこともない人間が「不景気だから減税しろ」って言ってるのを聞く経済、社会学者の思いに近いものがあるか。言葉について考えたものだけが言葉に対する意見表明の権利を手にするんだ。その上で僕にら抜き言葉の是非を問うてきたならば僕も一蹴せずに答えよう。

○ついでだけど、田中克彦って、去年一橋を退官して今って中京大にいるらしいね。春までに遊びにいこっと。今は鷲田清一が受験現代文の花だけど、それまでは田中克彦だったので主著のこの本は受験生でも読んでおく価値があるかもね。岩波新書の黄版。

「生きていくためには変化しなければならない。死んだことばは決してくずれず、乱れることがないのである」田中克彦―ことばと国家