Sunday, October 10, 1999

ログ06('99 10/09~10/16)

言葉は永遠のシグナルの日々

sophisticated sophist


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「爪はけっこう重要で、ないと握力が激減するの日」10/16(土)

●もしかして、なんですが下に書いた富士山の傾斜角度ですが、これって黄金比に倣ってるのかな?水晶や水分子はその傾斜角度が黄金比から求められることがわかっているのですが。調べてみましたけどわからなかったなり。この頃良くミスタードーナッツに行きますね^^ ミスドで一人でコーヒー飲んでる時が幸せです。「君のこと好きなのさドーナッツ♪その先はドーナッツ♪」なんて歌まで覚えそう(笑)。

●つまらないジョークでも。

「The exeperience made her what she is now.」

どんな経験だったんでしょうね?

、、、、といって考えたことによってあなたの品性はわかります。

さて、あなたは何を考えましたか?(笑)

●ハンマー投げのハンマーって、どうみてもハンマーじゃないよね。小さいころ考えたのは15.75m走って作って走ったらわたしが世界記録保持者だなってこと。いくつでも世界記録が作れます(笑)。100mが特殊なわけじゃありませんからいいと思うけど。通らないでしょうね(笑)。複合競技ってのは面白いものがたくさん作れます。例えば、マラソン走り幅跳び。42.195km助走して幅跳びするの。それとかマラソン棒高跳びとかね。もちろんポールを持ったまま。マラソンハンマー投げは目が回ってできないからだめですね(笑)。スキーのノルディック複合も、飛んだあとそのまま走ればいいのに。アルペンのゴールがジャンプ台になってるアルペン複合とか。重量挙げならぬ重量投げなんてのもいいかも。このへんにしときます(笑)。


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「sleep my dear.って歌われるとついそのあとにforeverって続けたくなるよねの日」10/15(金)

●起きたらなぜか今日も6時半だったのですけどそのままベッドよりはいずり出て日記を書いてみる(笑) どうもこの頃の日記は暗くなりがちだよね。却下します(笑) 朝の空気が気持ちいい。ふわっとしてすーっとするまるで冷やしたマシュマロをミキサーにでもかけているような。僕さー、というと先を読まれるのでいいません(笑) 人に「長ければ長いほどいいものってな~んだ?」というと一生懸命考える人がいますけど世の中には長いほうがいいものなんて山のようにありますね(笑) 実際には山にはなりませんけど。ちりも積もれば山になる、なんていいますがちりのような細かい物体を寄せ集めた場合傾斜角度はだいたい決まってきますので富士山に似た形になります。また夜に更新します^^

●ということで更新する気がなくても書いてしまった以上更新します(笑)。お出かけしたんですが、向かった先は愛知県芸術文化センタ。あの、幻惑の死と使徒で有里匠幻のマジックの会場になったところです。関係者の方にちょっと頼んで大ホールの舞台に立たせてもらいました。気分は有里匠幻(笑)。デジカメを持っていかなかったので写真は取れませんでしたが、あのへんに萌絵ちゃんが座ってたのかな、と夢想してました。昼過ぎに用事は終わって別の場所に移動。むちむちっと用事を終わらせて夕方には帰宅しました。

●悲しいことはいっぱいあるし、切ないことは誰にでもある。そうしたとき、あなたには支えになるものはありますか?何も信じれなくなっても最後まで信じつづけることのできるもの。わたしは、今、それを育てようとしています。それが、わたしのためになるのかどうかはわからない。でも、それがなくては生きられないことがわかったのは大きな収穫でしょうか。まだわたしの中に生まれたばかりの感情でうまく考えることができないのですが、これからさきわたしはこの感情に生きるのではないかと思います。人が生きることを、それ以外に何かを示すことができると考えることは無意味でしょう。人は生きようとし、そしてただ死んでいく。それにはまったく意味がない。その意味のなさを愛しく思いたい。それが、わたしの望みです。


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「I sing without you. I'll sing without you.の日」10/14(木)

●朝、一旦6:30に目が覚めたけど起きれるはずもなく本格起床は9:00。で、人に頼まれてたバルトークとフィボナッチ数列の関係について調べてそれをプリントアウトしたん。今日ちょうど会う日だったし。会ったときにそれを渡しつつフィボナッチ数列について談話。数列はいっぱいあって、どれもとても面白い数列なのにフィボナッチ数列だけは神秘を兼ね備えてる。そこらへんが面白い。そこからどんどん話しが進んで、フィボナッチ数列を延々と計算、つまり黄金比を究極を目指して求めていくとある限度が生じてくる。それはたとえば短い辺を10cmにして求めていっても、あまりに極小までいくと一つの数字が一つの素粒子も表せないほどまで行ってしまう。こんなくらい簡単に今は求められちゃうし。その考えを逆に応用すると、コンピュータで計算した場合コンピュータの素子よりも細かく情報を割り出すことはできないんじゃないか?という仮説が出ました。でも脳はニューロンが140億しかありませんが情報量限度がたった140億なんてことはない。するとコンピュータの情報量も脳と同様に関係性から増やしていくことができる、と判断してみてもいいかも。でもやっぱりそれを踏まえて言って、コンピュータは自身の素子を越えて情報を持つことはできない。そこでもう1回黄金比に戻って考えると、黄金比は概念ですからどこまでも大きくとることができるけど究極的には宇宙を越えて求めることはできない。なぜなら宇宙には有限の情報しか存在しないから。脳が完全な脳のモデルを持ち得ないのと一緒。ラプラスはラプラス自身を見ることはできない、と言ったところですね(笑)。しかし最後のほうはフィボナッチ数列とはまったく関係がないゾ(笑)

●オウム真理教の問題ですけど、まったく難しいね。誤解を避けるためにわたしの意見をちゃんと言うと、彼らは自身として悪くない。世界には悪いとか善いとかが別にあるわけじゃないから。彼らが悪いとするのは彼らが私にとって悪いと思われる影響を及ぼす可能性があるためであってそれはわたしがわたしのために決めたことで、彼ら自身の問題ではまったくない。ある悪が存在するとはそれを見る者にとってでしかない、見る者の生活の形式に則って判断するのです。この場合見る者とはオウム真理教の信者を除いただいたいの日本人のことです。ですからわたしが言いたいのは、あなたは彼らを盲目的に悪にすることなく、自分自身に問いかけ、自分の生を善とし、見えない他者のことまで考えた上で彼らを悪にしていますか?ということです。己の良心に問い掛けるとは以上のようなことです。良心に従うとは思うが侭に動くことではなく思い詰めた上で自分自身のためであると判断することです。彼らに悪のレッテルを貼り象徴化するようなことは自身のためにあってはならないと思う。いつであれ思慮深くいること。それがわたしの良心です。

●明日はかなり朝早い予定だったんだけど電話があってちょっとおそめになるそうですから本日はネットは1時くらいまでかな。


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「I live without you. I'll be without you.の日」10/13(水)

●ついくせで早朝4時まで起きていたせいでなんとか9時に起きましたけど激ねむな一日。今日のボートは速かった。と言ったところかな。夕方、友達の家に行ってビデオを見ました(TVもなけりゃデッキもない)。見たのはNHKの冷戦をレポートした番組。核開発と宇宙技術の開発競争がメインのやつ。まあまあ面白かった。技術だけじゃなくてたまには政治面からみるのも新鮮です。でもうっとおしかったのが友達の解説。戦略マニアで、見てる横から「ほら、このソ連の開発したICBMによってアメリカは、、、、」とか「ソ連の当時の爆撃機、バイソンが(どっかの)基地にあるだけだったというのは国家の弱体化なのかそれともミサイル開発に力を入れ始めたことによるのかは面白いところで、、、、」など延々述べ続ける。そこであとから聞くから、といってしまったのが運の尽き。本当にビデオが終わってからソ連のアフガニスタン侵攻とベトナム戦争の類似点とかハイテク兵器についてとか2時間も語られてしまった。でもわたしも彼に同じくらい話すことあるからおあいこかな(笑)

●この前洗脳と言う言葉を使ったけどあれは誤用かもしんないね。洗脳は今の考えを一掃して新しくすることだからはじめに何か教えることは洗脳にならないわけだ。オウム真理教の問題で法改正とか騒がれていますが、わたしはどちらかというと否定派。法で規制するのは本当に最終手段であるべきだと思うから。法で決めてしまうって言うのは極論でいえば思想に制限をかけようと言うことだと思う。それを簡単に認めちゃったらとても近代国家だとは言えないよね。だからその手段に出るのはもう近代国家なんて名前をかなぐり捨ててでもしないと秩序が維持できないときだと思うわけ。こういっては被害者の方に本当に申し訳ないんだけど、オウム真理教のレベルではまだ伝家の宝刀を引きぬくべきではない。それは諸刃の剣であり、不用意に使えば後々私達が弾圧されるようになる恐れがあることを忘れないで欲しい。言っておきますが洗脳という言葉の使い方とはまったく関係がありません(笑)

●明日はちょっと大変。あ、そうそう。今日ね、思いっきり曜日間違えてて、木曜日だと思ってた。だめだめだね(笑)

ということでまたまた小学生のときの詞を(笑)

「LOVE HEART」

いつまでも忘れたくない一瞬が心に焼きつく
あなたから離れられずに心をそばに置く
夢と愛とが背中合わせで

愛をなくした哀れなコトリ
小さな窓からみる空はいつもどしゃ降りで
この家の鍵が欲しくて
自由をわたしにくれる鍵

どこにいてもわかる 君のその鼓動
遠くを見ているあなたの瞳に
わたしは映ってる?


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「少女は語る。恋も成長するものだとの日」10/12(火)

●起きてから5分後にチャットしてるのはいつものこと(ヲイ メイルを数通書いてからおでかけ。友達が英語の勉強を真面目にし始めたらしいですが熟語帳を買ったは良いけど使い方がわからんといっていました。当たり前ですけど。そんなどうでも良い話をしながら一日を過ごす。過ごすと言うよりはやり過ごすと言ったほうが正確かも。

●ミスタードーナッツでコーヒーを飲んでいたときの横の高校生の男女の会話。
女の子「そろそろ受験だし、あんまり会えなくなるね」
男の子「俺と受験、どっちが大切なんだよ!」
女の子「うーん。受験、、、、かな?」
男の子「ごめんなさい」
はははは~~久しぶりにスカッとする会話を聞きましたね(笑)両方とも応援してあげたいです。女の子へ、あなたは操縦がとてもうまいですね(笑)男の子、折れるのも大切ですがもっとごり押ししましょう(笑)というか「どっちが大切?」と聞いた時点で彼女の力量を見誤っていますね。修練しましょう。

●うーん。少しだけ(=ちょびっと=リルビット)考えてることがあるんだけど、わたしがどこかで「音楽は音ではない」といったのは微小的に(アルカイックスマイル的に)間違いを含んでるかもしれないね。音楽の本質が音ではないと言うのは結構いい考えだと思うんだけどそうすると音を使わなくても本質があれば音楽になっちゃう。それじゃおかしいし。当たり前と言えば当たり前か(笑) これはわたしが論理だけを先取りして考えて実情を考慮しないからかな。でもこういう考え方ってウィトゲンシュタイン様(笑)もそうなんだよね。実際の言葉の使用を顧みずに論理だけを進めたから論考を否定することになっちゃったんだと思うし。それはいいとして音楽の本質が音じゃないとすると別の部分に何かこれが音楽だと言える部分がないといけないんだよね。そうして考えると音楽の基本がなんなのかということになる。今のわたしの考えでは「美」だと思うんだ。美を志向している上にじゃあそれを音で表現しようじゃないか、となってそれが音楽になる。あ、でもそれじゃ知る前に美を知っていることになっちゃうなあ。じゃあなんでしょ?音を聴いてこれは何かわからないが良いものだ、と思った人がいてそれで音を使い始めたとか。うん、これはいいかもしんない。そうした場合根本には人間が持つ先天的な美の基盤があることになるわけだ。わたしは先天的能力の否定論者じゃないから認められるし。これで行ってみましょう(どこへ?)。

●明日の朝はちょっとおそめかな。さっき少しお昼寝しちゃったからちょっと遅くまでネットにいるかも。やることはあるんでさぎょっていますが。

「すべてを疑う疑いがあっても、それは疑いではない」L.ウィトゲンシュタイン


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「surumes like a teen spiritsの日」10/11(月)

●またマイナなネタを、、、、(笑) わからないでしょうね。ええ、わかりませんとも。本日は嬉しい振替休日。毎度お騒がせなことながら朝まで起きてたので起床は夕方近く。わたしから送られてきたメイルの時間が昼だと言うかたは何かの間違いです。とくにやることがないのでメイル書いたりHPいじったりサーフィンしたり読書したり。あ、そうそう。昨日やっと「花とゆめ」を買ってきました。今号のお薦めは樋口橘先生の「手紙」ですネ^^ ありきたりなストーリーかもしれませんがそれでもとても良いお話です(*^_^*)

●さっき地下街歩いてたんですが、休憩所でのほほんとコーヒー飲んでいるときにちょっと思いました。目の前の柱には警報装置が付いている。なぜわたしはそれを押さないのか?押したいわけじゃありません。押したら警備員に捕まってお説教されるでしょう。押したらまわりの人が驚いて迷惑かけるかもしれない。しかしわたしのとっては実際にはどれも後付けでしかないのです。わたしには一番先にそれはしていけないことと言う規制がかかっているのです。つまり言いかえればわたしは生まれてから今までにそれを暗黙の了解事項として洗脳されているということです。そう思い至るとわたしは根っからの天邪鬼。押してみたくなります。社会へのささやかな反抗の証として。ですが、手は伸びるのですがやっぱり押せない。汗が出てきました。あともう少し手を出せばわたしは解放されると言うのに!こうなると思うだめ。常識が頭を掠めます。自分の社会性との戦い。
人に迷惑がかかる→他人がどうであれ自分で行動するんだ!
お説教される→あとでどうなるか考えないと何もできないのか!
で、結局まあ別に押したいわけじゃないしネ~~というところに落ちつく。また今日も負けました。

●小学生のときのノートですが、こんなのが載ってました。なに考えてたんでしょうか(笑)
遅刻したときの言い訳。
1.365歩のマーチが聞こえてきたのでそれに合わせて行進してて、、、、
2.あの、ちょっとそこで辻斬りに会ったものですから、、、、
3.ブラウンシェーバーの人に捕まって髭剃ってたものですから、、、、
4.起きたらムカデになってて、靴履くのが大変だったもので、、、、
はっきり言って、アホですね(笑)

●新聞を見ると21時からNHKで養老猛司先生の番組が放映されていたので友達の家に見にいきました。TVないし。内容は昆虫がメインで、あんまり興味のある分野ではありませんでしたが、どちらかと言うと昆虫一本ではなく自然と人間の関係につても語られていました。マスコミではこういったことを結構とんちんかんな視点で話す御仁が多いのですが、養老先生はまっすぐに語られました。特にシビレタのは、「パソコンの世界がVRなのではなく、街がもうVRなのである」というセリフ。うーん。なるほど。犀〇先生が言いそうなセリフですね(爆) 人間は心を持った瞬間からメイトリクスを指向しているのです(笑)。明日は忙しい。今日は早めにお休み予定^^


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「休日なのに運動しなければいけないのか!の日」10/10(日)

●これは月曜日の夕方に書いてるのです。日曜日は夕方からお出かけして23時前に帰ってきてそのままチャットしてメイル書いてたからたから日記更新する暇がなかったのでしゅ。日曜日は昼過ぎに起きてず~っとメイル書き。大変だけどこれがけっこう楽しいと思ったりする今日この頃。何回も言ってるけど、この頃のわたしは人と関係を持つのがとても好き。携帯電話についてのコラムなんかで「人と連絡を持ってないと不安で仕方ない人が増えているようです」とか良く書かれてるけどわたしに限って言えばその通りだと思う。メイルを書いて、わたしには友達がいるんだ、と思うことで不安をかき消してるんです。他の人はどうか知りませんよ。でも、携帯電話はわたしは使いません(持ってますが)。友人には「メイル使えるようにならないなら縁を切りましょう」と通告しました。もちろん友人激減(笑)。ついでにわたしが携帯電話を持っているのは遭難したり誘拐されたりした時に連絡が取れるかもしれないからです。

●チャットの友人ベルさんに「時間の非連続性及び空間認識」から想起されることを書いてください、といったところ以下の返事がきました。(なお、わたしは自分の質問内容を覚えちゃいねぇ(ヲイ))

ベル:時間と空間を同様にみなした場合、空間が無限のものでないとするならば、時間もどうように無限ではないと推定できる。多分時間と空間は同価値だと思う。”平面+時間”と”立体”は同じ価値がある。

ということでわたしからの返答を。時間と空間を同様にみなしたら当然同じ結果になりますね(笑)ですからその次の推論、時間と空間は同価値であるか?ということについて考えるのが得策でしょう。しかしこれには大きな問題が含まれています。それは価値です。まず決めなければいけないのは、同価値という言葉と等価値という言葉は同価値であるか?(笑)関係ないですがこういう問いには答えることができません。答えを先に決めて問題を解こうとしていますから。同様の問題としてコンピュータウイルス除去ソフトは自身をチェックすることはできるか?とかがあります。ゲーデルの不完全定理によって最終的に証明することはできない因子が含まれていることが確認されています。横道にそれましたね(^-^; 時間と空間が同価値であるかと言うことについてはわたしはNO!です。なぜなら時間は空間とは直接の関係を持たないからです。時間は空間において許容された範囲で物体が動く曲線に沿って展開されるもの(または展開を許可するもの)だからです。時間のない空間は想定できますが空間のない時間は想定できません。これは暗に時間がある一定条件のもとに承諾される空間の一種であることを示しています。俗っぽい言い方をすれば空間の方が位が上です(笑)。

では、時間と空間は等価値であるか?という問いはどうでしょうか?これは実はOKなのです^^ 上で直接の関係を持たないといいましたが、しかし、もちろんのこと時間と空間は不可分です。なぜならそれを想定する私達にはそれが根本として備えられている、つまり基本条件として付随しているからです。時間のない空間は想定できますがそれは私達にとってなんの意味も持たないものです。時間も空間も、認識されることによって生まれてくるものなのです。ですから同じ価値は持ちませんが、私達はそれに等しい価値を降り注いでいるのです。そうでなければ今私達が見ている世界は成立しません。また、そうでなかったならまったく新しい世界が見えてくるでしょうネ^^

ですから、最後の文、「”平面+時間”と”立体”は同じ価値がある」という結論は同じ価値ではありませんが等しい価値があると言えるでしょう。(注:大根が200、ミサイルが10000'0000だった場合、大根とミサイルは同価値ではない。しかし同じ「」を用いて比較できるということはそれは同じレイヤの上に立っているのである。それを等価値性と呼ぶ)

といったところですね。ベルさんは良です(笑)

●ひさびさに激長になっちゃった(^-^; ごめ~んね♪(爆)日曜日の日記はまた夜にアップしよっと。(既に書き終えている)


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「海底は海の底であるが地底は地の底ではないの日」10/9(土)

●同じようなのはいっぱいあるんだけどね。逆に状態が曖昧なのは機中と機上とか。どっちでもいい。どうせなら機下もありにすればいいのに。下と言えば靴下はなぜ靴の下、なのか。靴中ってこれからは呼びましょう。わたしは言いませんから。今日は朝まで起きてたので起床は9時(笑)見事に休みの日は早起きになりますネ。昼過ぎまでメイル書いたりチャットしたりですごしながら目を覚まして、夕方からバイクでおでかけ。買ったばかりでまだあまり走ってなかったので少しだけ遠くに行ってみようと思ったので。

●で、行ったのは滝野ヶ池公園(笑)ちょっと着くのが遅くなって写真は暗くしか写りませんでした。そこをあとにすると星が丘に向かって、ミスタードーナッツに入りました。もちろんあのミスド。店内で写真取り捲り(笑)あとで写真はアップしよっと。姪の愛瞳が遊びに来てたのでわたしのバイクと一緒に写真撮りました。最近心境の変化でもあったのか愛瞳の方から話しかけてきます。前まではわたしのことを遠くから呼ぶくせに行くと恥ずかしがって隠れちゃったんですけどね。

●今日は非常に眠い。というかバイクに長く乗ってたので首が痛くなっちゃいました。ゆっくりお風呂に入ってゆっくりお休みします。明日も用事なし。家でボーっと過ごしましょう。読む本ないねえ。久しぶりに街の本屋に1冊くらい買いにいこうかな。

●小学校のときの詞が出てきたので恥ずかしげもなく書いちゃいましょう。

――

「人」

人は考える
最後まで考えることができないのをわかっていても考える
わかってもなんにもならなくても考える
それが人なのだろうか
それは愚かなのだろうか

宇宙とはなんなんだろう
愛とはなんなんだろう
それは神様しか知らないのかもしれない
神様も知らないのかもしれない

人は生きようとする
 今が楽しいから?
 今が悲しいから?

驚きに満ちた世界がそこに広がるとき人は考える

 「私はどこにいればいいのか」

誰もその疑問に耳を傾けない
なぜって、わかってもわからなくても
そこに立っているから、動いていくから
そしてその存在を消したとき人は言う

 「ああ、君はそこにいればいい」

――

うーん。今のわたしの詞より出来がいいぞ(笑)あと何個か出てきたのでそれはまた書いていきましょう。こんないいネタを残しておいてくれるなんて小学校のときのわたしはなんて偉いんだ!(笑)