Wednesday, June 24, 2009

神性人授

うちにはなぜか今ピンクローターが三つ転がってます。困りましたね。ほしい女の子は言ってください。持っていきます。

村上春樹の新刊「1Q84」は面白かった。ただ、村上春樹ファン以外に伝わるのかがわからない。例えば初めて読む村上春樹が1Q84だったら、なんだこれはって感じになるんじゃないだろうか。知人に毎日新聞に3日連続で載ったインタビュー記事をもらって、読んだら非常に面白かったんだけど、村上春樹自身が1Q84を「総合小説」だと認めていたね。総合小説というのはかなり前から村上春樹が文学を語るときのキーワードになってるわけだけど、ボクが想像していた村上春樹の総合小説というのはもっとごりごりしてる感じだったので、1Q84が村上春樹にとっての総合小説だというのは少し残念だ。でも、決まっているわけでもないけど続編を否定もしなかったのはファンにとって期待の持てる含みだろう。リトルピープルはそのままでもいいんだけど、天吾からも青豆を認識してほしかったから。

あと、青豆はなぜタクシーに乗って同じ方向から戻ろうとしたのか。戻るためなら、来た道を逆に進むのが自然な発想だと思うんだけど。

インタビューでも明言してたし、読めばすぐわかることだけど1Q84はオウム真理教事件に大きな影響を受けて書かれた小説だし、村上春樹はこの事件へ強くコミットメントしている。宗教という問題はボクにとっても人生の大きなテーマの一つだ。ボクの父方の祖父が日蓮宗の坊主で、父親がプロテスタントで、母親が共産党であるというのがボクの思想にどれだけの影響を与えたのかは不明だけど(恐らくそんなに大きくはないと思うの)、ボクは汎神論者であり唯一神論者であり無神論者である。

そもそもこの世界に神はいても宗教は存在しない。なぜなら、我々は同じ神をいだくことは不可能だからだ。例えば一つの「ヤーヴェ」という名の神を想定したとしても、それに対してどのような信仰を持つのかは個々人で違うし、同じ対象であると確認することはできない。もしそのような確認をしたら、でてくる答えは「違う神でした」という答えしかない。個別の宗教とは、人々が持つ思想の複数の側面のうち仮定的に一つ(またはいくつかの)の素性を取り出したときに仮想的に立ち現れる集合の名前であって、それはボクが百万回「日本人なんて対象は存在しない」と言ってきたのと同じ意味で実質的な存在ではない。すべての名前があるものを単純に存在すると思ってはいけない。

しかしボクは決して神を否定しないし、信仰を持っている。およそ人間である限り信仰を持たないことは不可能だ。ボクたちは必ず「良い」「悪い」といった価値観を持つ。良い悪いを思想的に純化したものが「善悪」になるんだと思うけど、そうじゃなくても「美味しい」「痛い」といった感覚はすべて価値観だ。なぜなら、人間がいなかったら、生物がいなかったら、「美しい」も「痛い」も「良い」も「悪い」も存在しないのだから。ボクたちがものを考える、判断するとは世界に価値観を付与することであり、自身の外にあるはずの何かと自身を結びつけようとすることで自身を立脚する行為こそが信仰なのだ。人間が生きるということと信仰は同値だと言っていい。

価値観は相対的なものだと言われる。でも価値観の相対化を極北まで進めたらどうなるだろうか。誰も語ろうとしないが、そこには現代社会の持つ明らかな矛盾がある。あなたは「人の命が尊くて蚊を殺していいのはなぜか」ということをどこまで考えたことがあるだろうか。ボクが20年間それなりに考え続けてたどり着いた答えは、「そもそも人の命が尊いということが幻想である」「しかし人の価値観はすべて幻想であり社会は共同幻想である」「その社会の中で生まれ育ったボクはその幻想を悪いものだと思っていない」というものだ。ボクは人を殺したくないと思っている。猫は殺したくない。両生類、爬虫類は多少の抵抗感がある。虫の場合あまり抵抗を感じないだろう。そのような感覚を持つようにボクは育ってきた。

このような共有感覚を育むことこそが教育であって、これは実際には洗脳と何一つ変わりない。違いは唯一規模の問題であり、社会全体が染まってしまえはどのような価値観だってまかり通るようになる。学校とは効率的に組織された洗脳機関なのだ。だけど少なくともボクらは何かしらの価値観を持たざるをえないし、人間が生物である以上社会を維持、発展させることで生物としての覇権を持とうとするし、そうであるから自分と極端に違う価値観は受け入れられない。例えばどんなに多様な価値観を肯定しようとしても、何があっても人間の生命を損なってはいけないと考える価値観と人間を生け贄にする価値観は両立できないのだ。だから社会とは価値観(間)の絶えざる闘争のことであり、宗教とは社会のうち神という名の記号的価値束を持つ集団を指す名称だ。

ボクはボクの神を持つし、あなたはあなたの神を持つ。この世界に神はいないが、人間がいることで神が生まれる。価値のない世界に価値を与えること、即ち世界に神性を授ける主体としての人間。神はどこにもいないが我々のものだ。ボクはそのような世界の主体者たる人間を信仰しているし、善と悪は人間の自作自演であるけど、ボクはそのダンスを踊り続ける。この世界が、49%の悪意と、51%の善意で構成されていることを信じて。
踊るんだよ。ステップを踏みつづけるんだ。皆が感心するぐらいに上手く
ダンス・ダンス・ダンス / 村上春樹
雨音が君のかいななら