Friday, November 20, 2009

ビッグサイエンス

堀江貴文のブログに事業仕分けについて書かれているのを前回読んだわけです。それについての続き。ボクはですね、ニュースを見ないし選挙も行かない、国がまずくなったらさっさと国外逃亡すると宣言しているので今回の事業仕分けというのも始まるまで知りませんでした。そして続報も細かくチェックしているわけではありません。断片的な情報と堀江貴文のブログを読んだ感想に基づいて書くだけです。

堀江貴文は研究は全部寄付でまかなわれるのが望ましいというびっくりするくらい脳ミソがとろけそうなことを言っていました。しかもWikipedia財団は相当額の寄付金を集めてる、とまで言って。Wikipedia財団が募っている金額は7億円程度であり、集まっている金額は7千万円弱です。7億円て理系の研究でいったら小〜中規模であり、ビッグサイエンスになったら100〜1000億、場合によっては1兆円という予算がかかります。これをどうやって寄付で集めろと? または、集まらないような研究はやるべきではないと?

ボクは基本的に寄付というものに否定的です。寄付を払うほうはどこにどれだけ困っている人がいるのか把握しているわけではない。目に付いたそれっぽいものに募金や寄付をしていては偏りがでる。本来はいったんお金をプールして、必要なところに再分配させるべきなのです。そしてもちろんそれが税金の役割の一つです。

堀江貴文にしろ世間の人間の多くが勘違いしているのは国というものと企業というものをまったく違うものだとして認識していることなんだよね。国も大きな規模なだけで、ひとの集団であることには変わりがない。そして国も企業も経済的な利益を主眼においた集団です。ただし規模が大きくなればなるほど、先の利益を考える必要がある。中小企業であれば来年再来年、大企業なら10年後を予想して経営を行う。そして国は数十年後を考える規模です。

国が行うことはもっとも最終的に経済的利益に繋がる行為じゃなくちゃいけない。たとえば障害者への支援だってそうです。障害を持って生まれたら、障害を負ったら見捨てられるような社会よりも、サポート態勢が整った社会のほうが最終的に発展できるから支援が存在する。人の気持ちというのもあるけれど、そういう人の気持ちを満足させられる社会と経済的な発展はほぼ同義です。

そういうレベルで考えれば、大学や国の研究施設で行う基礎的研究は10年以内に結果が出るようなものではなく、企業が寄付をすればいいなんて考え方はまったくどうにもならない。というか、数千億、数十兆という寄付金を募り必要なところへ再分配する役目こそが行政の仕事であり、ある意味堀江貴文の言ってることは実現しているのである。

眠いから読み返しもしないで送る。